記事提供:マネたま


どんな仕事にもつきまとう「〆切」。その形式は様々だとしても、社会人なら誰しも〆切に苦しんだことが一度はあるはず。〆切に追われると精神的にも追い詰められて、急がないといけないとわかっているのに、なぜかつい現実逃避をしてしまうこともあるのではないでしょうか。

実は、世に名作を残してきた偉大な作家や漫画家たちも、〆切との戦いの中でおおいに悩んだり苦しんだり、現実逃避をしたりしていたよう。そんな〆切にまつわるエピソードをまとめたのが、株式会社左右社から出版された、『〆切本』と『〆切本2』です。

そこで今回は、仕事をするうえで避けては通れない〆切のマネジメントについて、本書を企画された左右社の代表・小柳学さんにお話を伺いました。

どうして人は〆切を守らないのか? 素朴な疑問から生まれた『〆切本』

──なぜ〆切をテーマとした書籍、『〆切本』を出版しようと思われたのでしょうか?

そもそも、〆切を守る執筆者は10人中1人くらいのもので、私も編集者として朝まで原稿を待つことなどはごく普通に何度もありました。そこで「どうして人はこんなにも〆切を守らないのだろう」と思った時に、夏目漱石や谷崎潤一郎といった文豪たちはどうだったのかが気になって、図書館に行ってみたんです。すると、作家自身が〆切について書いている文章を見つけました。「これは他にもありそうだな」と調べ始め、それらを集めて本にすることにしたんです。

──本書を拝見して、文豪から漫画家までそうそうたる面々が、こんなにも〆切について書いていることに驚きました。

私も、最初はこんなにあるとは思いませんでした。その分人手がいるので、スタッフ数人で約1年かけて資料を集めましたね。

──原稿を集めるにあたり、何か具体的な基準はあったのでしょうか?

「〆切」という言葉が入っている原稿に限定しました。「書けない」という言葉だと、原稿の数があまりに多く、意味合いも広くなってしまうので。

──〆切のエピソードを拝見すると、名作を生み出している作家や漫画家もみんな、あの手この手で〆切から逃れようとしているのがわかって、とても意外でした。思わず笑ってしまうような、おかしなエピソードもたくさんありますよね。中でも印象的な〆切を守れる作家と守れない作家は、誰ですか?

三島由紀夫はしっかりと〆切を守る、珍しい作家だったのではないかと思います。彼のいろんな原稿に目を通したところ、学生時代に卒論か何かの〆切に遅れそうになった、というエピソードは見つけたのですが、作家になってから「〆切に遅れそうだ」と書いてある原稿は見つけられませんでした。

逆に〆切を守れないのは、谷崎潤一郎ですね。「遅筆の病」があると自らエッセイに書いているくらいで、曰く「二十分とは根気が続かない」そうです。机の前に座って10分経ったらタバコが吸いたくなって、また10分したらお茶が飲みたくなって、さらに10分したら散歩に行きたくなり、それで1日が過ぎると言うんです(笑)。

──「まるで自分みたい!」と思う読者が少なくなさそうですね(笑)。

そうですよね。他にも〆切から逃れるために、愛知県の宿に逃亡して雲隠れをしていた野坂昭如もいます。担当編集者は、野坂を追って東京から夜中タクシーをとばして急襲したという、まるで逃亡犯と刑事のようなエピソードもあります(笑)。

〆切を守らないとはいえ、谷崎潤一郎は全集が出せるくらいの原稿量を書いています。他の文豪も、みんな「書けない」と言いながら、なんだかんだでしっかりと多くの作品を残しているんです。それもすごいですよね。

〆切のおかげで、名作が生まれた!?

──『〆切本』には様々な時代で活躍した作家・漫画家の原稿が収められています。〆切に対する価値観は、時代によって変わってきていると感じますか?

価値観というか、伝達手段が変わったなと思います。パソコンや携帯電話がない時代は、手紙を送るか本人に会わないと、連絡がとれないですから。例えば、〆切をのばしにのばしたあげく、「ちょうど一年だけ後れる訳になりますが」と都合のいい言い訳をしている島崎藤村の手紙が残っています。それから武者小路実篤(むしゃのこうじさねあつ)のように、「頭よ早くよくなってくれ」と書けずに苦悶している様子を日記に残している作家もいますね。

──郵送の期間を見越して、前もって手紙で「〆切に間に合いません」と連絡できるなら、スケジュール的にはけっこう余裕があるんじゃないか、と思ってしまいますが(笑)。

そうなんですよね。「手紙を書いて郵送する時間があるなら、書けるのでは?」 と私も思います(笑)。
『〆切本』の制作を通して、改めて手紙や日記の面白さに気付けました。日本では手紙や日記もれっきとした文学なんです。

それから昔は、作家と編集者は直接会うのが当たり前の時代だったので、高見順や梶井基次郎のように作家が電車に乗って、わざわざ地方から東京の出版社に、〆切の遅れを直接謝りに行っていたんです。その移動時間があれば書けるのではと思う一方、人間関係の濃さみたいなものが今とは違うなぁと感じました。

──〆切のエピソードを集める中で、見えてきたことはありましたか?

〆切があるからこそ新しいものが生まれる、と感じました。
作家側が、自分が書き上げた原稿が本当にいいものなのかどうか迷うことはありますし、同じように原稿を受け取った編集者も迷うことがあります。でも〆切があるから、「もしかしたらたいした原稿ではないかもしれないけど、ひとまず世の中に出してみよう!」と思い切れるわけです。

もし〆切がなければ、そうした勇気や決断は生まれないかもしれません。逆に言えば、もし〆切がなかったら、いつまでもクオリティーを求め続けてしまうがゆえに、世に出ない名作がたくさんあったかもしれない、ということなんです。

──数々の名作が生まれる後押しとなったのが、〆切という商業的な要素だった、というのは面白い構図ですね。

そうですね。編集者は「原稿を必ず回収しないといけない」というプレッシャーがあり、一方で作家は「こんな原稿じゃ編集者には送れない」と考える。その両者の葛藤と戦いもまた、〆切が生み出しています。

〆切を守るための9ヶ条とは

──かくいうこの『〆切本』にも〆切があるわけですが、制作は予定通り進みましたか?

いえ、スケジュールはのびにのびました(笑)。『〆切本2』の時はその過ちを繰り返さないように、担当編集者ともども頑張ったのですが、2017年3月に出す予定だったのに原稿がなかなか集まらなかったので7月下旬に延期しました。そこでいったんは完成の目処がついたのですが、「もっとこんなものがあったほうがいい」と改良を重ねるうちに結局9月に延期となり、そこからさらにのびて、最終的に10月になりました(笑)。

──それは……かなりのびてますね(笑)。

最初の『〆切本』は、構成をどうするかも含めて手探りでつくったので時間がかかったのですが、『〆切本2』は前作に負けたくないと、さらにクオリティーにこだわったために遅れてしまいました。これは完全に言い訳ですね。

──『〆切本』については、スケジュールが延びてしまったとのことですが、普段は予定通りに仕事をするために、小柳さんはどのような工夫をされていますか?

実は『〆切本』を2冊出したことで、刊行遅延の反省から社内向けに「〆切の守り方9ヶ条」をつくりました。読み上げますね。

  • 1. 根拠のない「なんとかなるさ」を持たないこと
  • 2. 細切れ仕事はすぐにやること
  • 3. まず30分仕事をして、全体にかかる時間をイメージすること
  • 4. 〆切の3日前を、〆切だと思って進めること
  • 5. やらないといけないことを「時間割」にする
  • 6. 企画、目次、タイトル、帯などは常に潜在的に考える(ぎりぎりになってから考え始めてもいいものはできない)
  • 7. 企画案、目次案、タイトル案、帯案などを提出する場合、完璧にして決められた時間をのばすより、8割方で決められた時間に出す(方向性が違っていればやり直しになるので、完璧を目指すのは時間の無駄)
  • 8. 手放すことで相手(著者など)が進めてくれるものは、手元に持ち続けない
  • 9. 〆切の遅れは、相手の貴重な時間を奪っていると自覚する

こんな感じで全9項目を箇条書きにして、社内に共有しているんです。転んでもただでは起きない精神です。

〆切を守ってもらうには、「劇場型催促」が効果的!

──9ヶ条をもとに、〆切を守っていらっしゃると。では逆に、編集者として作家に〆切を守ってもらうために、どのような工夫をされているのでしょうか?

基本として、「月末までにお願いします」といったような曖昧な言い方はなるべくしないで、具体的な日時を告げるようにしています。メールをする時も、なるべくCCに関係者を入れて催促するようにしていますね。

──人目に晒すことで、少しプレッシャーをかけるわけですね(笑)。

はい、名付けて「劇場型催促」です。1対1のやりとりだと、〆切に遅れたとしても作家は担当編集者を1人裏切るだけで済みますが、CCをつけるとその人数分の期待を裏切ることになります。「こんなにたくさんの人が、あなたの原稿を待ちわびていますよ」ということを暗に伝えるんですね。

──編集者は、複数の作家を担当することもありますよね。そういう場合は、どのように〆切を管理されていますか?

作家によって、〆切の設定や催促の仕方を変えています。〆切を守ってくださる方にしつこく催促をすると怒らせてしまいますし、かといって〆切になってから書き始める作家も多いので、放っておくわけにもいきません。

なので、〆切の管理は「100人いたら100通りのやり方がある」と思っています。連絡手段一つとっても、電話は面倒だという作家もいれば、電話してくれたほうがいいという作家もいますから。

──本当の〆切ギリギリになっても原稿が来ない、という時はどうしていますか?

昔は執筆者の自宅に行っていました。それで不在だったら、ポストに手紙を残すんです。メールでの連絡でもいいのですが、プレッシャーをかけるという意味では、手紙をポストに残すほうが効果的なんですよ。

今はというと、電話で催促をしていますね。作家曰く、〆切が本当に差し迫っているのかどうかは、電話口の編集者の声色でわかるそうです。だからこちらも切羽詰まった声でお願いすることで、〆切を守ってもらうようにしています。これも戦いです。受話器を持ってお辞儀をしながら、時間がないことを伝えています。

──やはり原稿の催促には、精神的な圧力をかけるのが有効なんですね。

そうですね。原稿を受け取るまでは、やはり編集者が優位なんですよ。だから、「本当に間に合いませんか?」と編集者が聞けば、「はい、本当に申し訳ないですが……」と作家も謝るんです。

けれどいざ原稿が来て編集者が校正作業をしていると、「原稿の感想がまだ来てないぞ!」と作家から怒りの電話がかかってくることも……。作家が原稿を納品した瞬間から、急に立場が逆転するのがこの業界です。

▲オフィスで原稿チェックをする小柳さん。
良質な本を世に送り出すために、編集者も日夜〆切と戦っている

〆切を上手くマネジメントする秘訣とは?

──『〆切本』の中では、〆切より早く納品することが必ずしもいいとは言えないのではないか、と書いている作家もいました。小柳さんは〆切を守る作家と遅れる作家について、どう思われますか?

確かに、原稿を待った分だけ受け取った時に嬉しい、ということはありますね。編集者の間で、どれだけ原稿を待ったかが自慢話になることもあるくらいですから。編集者がもっともよく使うフレーズが「お待ちした甲斐がありました」です。

とはいえ本当にベストなのは、「〆切通りで、なおかつ原稿も素晴らしい」という状態です。その次でいうと、〆切を守ろうとして原稿の質が下がってしまうよりは、〆切に遅れても原稿が素晴らしいほうが嬉しいですね。そうでないと、商品として成立しませんから。

出版の世界はなぜか〆切を破っても生きていける特殊な業界ですが、普通はそうもいかないと思います(笑)。

──最後に、今まさに〆切に追われている人に、一つアドバイスをいただけますか?

作家に限らず、世の中の働く人のほとんどが〆切を抱えていると思います。きっと電車に乗っている50人の内、40人くらいは〆切に追われている。それを想像すると、「自分だけじゃないんだ」と気持ちが軽くなるのではないでしょうか。そんなことを想像する人はあまりいないでしょうけど。

それから、〆切の捉え方を変えてみるのもいいかもしれません。現代は物事がスピーディーにどんどん進んでいく時代ですが、「〆切まではテーマについて、いくらでも考えていいんだ」と解釈すれば、また違った時間の使い方ができるのではないかと思いますよ。

▲なんと『〆切本』の関連グッズも!
「〆切守」は、『〆切本2』編集担当者の祖母の手作りなんだとか

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