働き方改革の推進にはIT化が不可欠。「わかっている。でも、ウチは中小企業。IT導入に大きな予算をさけない」──。そんな経営者に耳よりな話があります。経済産業省が実施している「IT導入補助金(サービス等生産性向上IT導入支援事業)」です。中小企業・小規模事業者が、経理や税務などバックオフィスの業務システムや顧客情報の管理システムなど、生産性の向上につながるITツールを導入する際、15万円から50万円まで、導入コストの1/2まで補助金が受けられるというものです。

同省商務情報政策局商務サービスグループサービス政策課の課長補佐、宮田さんに「民間のITベンダーとコラボする」という新機軸を打ち出した支援事業の詳細と、「ゆくゆくは100万社のIT化を実現したい」というビジョンなど、あれこれお伺いしてきました!

「ヒトの力に頼れない」状況が中小企業を変える

―――宮田さんが所属するサービス政策課は、サービス業向けの政策を管轄しているそうですね。流通や飲食、宿泊といったサービス業界のプレーヤーのほとんどは中小企業・小規模事業者。まず、中小企業・小規模事業者の「働き方改革」の進捗についての評価から聞かせてください。

宮田さん(以下、敬称略):サービス業は製造業と比較して労働生産性が低いといわれています。そしてサービス業の多くは、中小企業です。中小企業からボトムアップで生産性を上げる余地があると認識しています。広義のサービス業はGDPの75%を占める。ですから、サービス業における労働生産性を上げることができれば、「GDP600兆円」という目標の達成に大きく寄与できます。サービス政策課が支援に力を入れているのはそのためです。

―――なぜ労働生産性が上がらないのでしょう。

宮田製造業との比較でいえば、「最新鋭の機械を入れて作業効率を上げる」といった、生産性向上のためのわかりやすい手段を適用しにくいことが、ひとつの要因です。ヒトの力に頼るところの大きい業種ですから。

また、小売業のようにエンドユーザーと直接接する業種が多く、「はやりすたり」に敏感にならざるをえない。すばやく変化していくことが求められるので、特定の時点で労働生産性を上げるために大きな投資するのはムダになってしまうリスクが大きいのも要因でしょう。

それから、サービスは目に見えず、どうしても価格競争になってしまいがち。利益が少ないことも、大きな投資ができない理由になっているかもしれません。

1年間に14,000社のITツール導入を支援

―――なるほど。だから、IT投資にも消極的なのですね。

宮田ただ、経営者の意識は徐々に変化しています。「IT投資をしなければいけない」と考えている経営者も増えてきています。背景には労働人口の減少により、人手不足になっていることがあります。ヒトの力に頼ろうとしても、そもそもヒトがいないわけです。

たとえば飲食店でホールスタッフのなり手がいない。店の裏で経理の仕事をしてくれていた経営者の奥さんに、料理を運んでもらわなくてはいけない。だからシステムを導入して、経理業務を簡単に終わらせられるようにしよう──。といった具合です。

従来であれば、経理業務にシステムを導入するコストと、奥さんが経理業務から解放されることによる利益と比べたとき、投資対効果が大きいかどうか、明確ではなかった。でも、いまは「間違いなくIT投資の効果がある」と判断する経営者が多いのです。

―――とはいえ、年配の経営者には、ITツールに対する拒否感をもつ人も少なくないと聞きます。

宮田ええ、確かにそういう方はいますが、少なくなってきていますよ。これまでは「どうせ使い方がわからない」という理由で抵抗する人が多かった。でもいまでは、ITベンダーが業種・業態・業務にマッチした、さまざまなシステムを開発・提供しています。ユーザーインターフェイスも進化していて、直感的に操作できるものが増えている。サポート体制を充実させているベンダーも多い。使い方を覚えるまでのハードルは、ずいぶん低くなっています。それに伴いIT導入への拒否感もなくなってきているのではないでしょうか。

―――そうなると、いま、中小企業の経営者がITツール導入に二の足を踏む理由で残るのは、「予算不足」ということになりますね。

宮田はい。そこで、われわれは「IT導入補助金(サービス等生産性向上IT導入支援事業)」を実施しているわけです。これは、サービス業だけでなく製造業や建設業も含む中小企業・小規模事業者が対象。生産性向上につながる業務効率化や売上向上に役立つソフトウェア・アプリ・サービスなどのITツール導入を支援するものです。相談対応などのサポート費用やクラウドサービス利用料を含む、導入コストの1/2まで、補助金額で15万円~50万円を補助します。予算の限界からITツール導入をためらっている経営者の背中を押すための支援です。

―――2017年度に実施した際の実績はいかがでしたでしょうか。

宮田28,000件超の応募があり、そのうち、生産性向上のためのITツール導入であることなどの条件を満たした、14,301件の中小事業者への支援を実施しました。

―――件数を社数と考えても間違いではないですよね。1年間に14,301社のITツール導入を支援した、と。すばらしい実績ですね。

宮田ええ。このときは予算100億円で、1件あたりの補助の上限は100万円、つまり単純計算で1万社は支援できると考えていました。そんな中、結果、14,301件の支援が実現したのは、少額でも補助金を使っていただいたケースがあったからこその数字です。補助金額が30万円未満のケースが1割以上ありました。 どんな業種、どんな規模の会社で、どんなITツールを導入し、どんな効果があったのか。いま、情報収集しているところです。補助金を使ってITツールを導入し、使い方に習熟し、業務効率化や売上向上という効果が出るまで、タイムラグがあると思いますが、今後導入事例集も含めて、公表することで、より多くの中小事業者さまにITツール導入について身近に感じてもらえる環境づくりをしていきます。

経済産業省 商務情報政策局 商務サービスグループ サービス政策課
課長補佐 宮田 豪さん
(所属・役職は取材当時)

ITベンダーとタッグを組むという新機軸

―――最終的に生産性向上につながらなかったら、無意味ですもんね。大変失礼ながら、お役所が出す補助金って、「ムダにお金をつかってしまった」というケースがあるというイメージが…。

宮田そうならないように、スキームに工夫があります。補助金を出す国と、中小企業・小規模事業者さんとの間に、ITベンダーのとりまとめ役のIT導入支援事業者さんに入ってもらっています。まず、中小企業・小規模事業者の業務効率化や売上向上に役立つITツール・サービスを募って、補助金の対象として登録。そのツールやサービスを販売しているITベンダーさんは「当社のツール・サービスには補助金が出ますよ」と営業できます。われわれから見れば、ITベンダーさんの営業活動を通して補助金をPRしてもらうわけです。

そして、ITツールを導入する中小企業・小規模事業者の代わりに、IT導入支援事業者が国に代理申請をします。「お役所の手続きって難しい」という中小事業者の負担を軽減することで、よりたくさんの方にご活用いただければと思っています。

さらに、ITツールを導入したことで、どれだけ業務効率化や売上向上の成果があったかの情報を収集し、事務局(国)へ報告するのもITベンダーさんの役割になっています。報告義務を負うことで、業務効率化や売上向上の成果が出るようにITベンダーさんも努力する。「ベンダーはツールやサービスを売ったら終わりで、全然サポートしてくれない」という事態は減るでしょう。ITベンダーさんにとっても、次の営業活動のため訪問の理由ができるわけで、メリットがあります。

―――ITベンダーを通すことで、14,000社という実績が出せたわけですね。

宮田ええ。スタートする前は、「自社のツールやサービスを登録しようと応募してくるITベンダーさんは100社とか200社ぐらいか」と考えていました。フタを開けてみると、4,500社の登録があり、それだけ多くのITベンダーのご協力により、導入の実績を作ることができたと考えています。

4,500社ものITベンダーさんと連携できたことで、われわれは知見を広げることができました。たとえば「訪問介護サービスで、スタッフが本部に戻って日報を書いていたのを、訪問先からタブレットを使って報告し、直帰できるように変えた」とか、「飲食店で天候予測と連動した在庫管理システムを導入。天候によって仕入れる材料を変えて、よりお客のニーズに合った料理を出し、売上アップにつなげた」など、実にさまざまなITツールの活用の仕方があるのだと。

また、ITベンダーさんが中小企業・小規模事業者にアプローチする方法についても、「こんなやり方があるのか」と感心させられたケースがあります。地域の金融機関さんを通すというやり方です。金融機関さんは地域の中小企業・小規模事業者のもつ課題に精通しています。その課題に対して、一緒に組んでいるITベンダーさんのツールやサービスを当てていってマッチングをする。「課題」を知っている金融機関と、「解決策」を知っているITベンダーが組むのは、うまいやり方だと思いましたね。

中小企業の経営力向上のツールを提供

―――前回の実施で得た知見を活かして、2018年度実施分から、なにか変えている点はありますか。

宮田4点あります。1点目は、補助金額の上限と補助率を下げました。これは「1社でも多くIT導入補助金を活用していただきたい」という想いからの変更です。中小企業・小規模事業者の総数は380万社。14,000件ではまだまだインパクトが小さい。2018年度実施分では500億円の予算を投入するので、最大補助額50万円ならば10万社を支援できます。桁がひとつ上がるというわけです。

2点目は、ITツールやサービスの効果を「見える化」すること。前年度の実施分のデータをまとめて、実際にどれだけ労働生産性が変わったのかを、ITツール・サービスごとに情報提供していきます。それによって、中小企業・小規模事業者の方々が、効果を理解したうえでITツールを選択・導入できるようにしたい。

3点目はロカベンとの連動をはかっていくことです。

―――ロカベン、とはなんでしょう…?

宮田「ローカルベンチマーク」の略称です。中小企業の経営者さんと金融機関さんが、企業の「健康状態」を把握して同じ目線で対話するためのツールとして、われわれ経済産業省と金融庁さんとでつくりあげたシステムです。売上高などの財務情報を入力すると、レーダーチャート図のようなカタチで自社の強みや弱みが表示されます。たとえば金融機関側が「追加融資をするためには、ここを強化してもらいたい」と要望する、といった具合に使ってもらっているものです。

これを、IT導入補助金についてもロカベンの簡易版として「経営診断ツール」という名前で活用していきます。補助金の申請段階で、「レーダーチャートのここの凹みを解消するためにITツールを導入する」などと、ロカベンの指標をもとに導入の目的を明記してもらいます。そして、導入後にどう変わったのか、ロカベンの指標の変化を報告してもらう、という流れです。ロカベンは一度登録すれば、ずっと使えるもの。ITツール導入の効果だけでなく、自社の経営力を上げていくためのツールとして、経営者の方々にぜひご活用していただければと思っています。

SNSを活用し100万社の中小企業に広げる

―――4点目の変更点を教えてください。

宮田ITベンダーさんだけでなく、さまざまな機関・団体とコラボしていくことです。金融機関や商工会議所、他省庁が管轄する業界団体や協会なども含め、約100の団体・機関が参加するプラットフォームを立ち上げました。これらの業界団体・機関を通して、その傘下にあるたくさんの中小企業・小規模事業者にIT導入補助金について広報・アプローチをしていきます。

―――10万社という目標を達成するためですね。

宮田はい。でも、それは通過点にすぎません。国としては、今後3年間で100万社への導入支援を行ってくことが目標となっています。

―――100万社はすごいですね。それが実現したとき、日本経済に大変なインパクトがありそうです。

宮田そこまでいくために、今回の補助金のように直接支援だけではなく、次のステージとして、ITツールやベンダーの成果を公表・見える化していくことや、中小企業・小規模事業者さんが、SNSなどを使い、ITツール導入を含む生産性向上への取り組み事例を共有することを通して、エンドユーザー同士のつながりで広がっていくという構想もしています。

―――なるほど、かなり新しい試みですね。失礼ながら、お役所さんっぽくないというか。中小企業の生産性をITツールで上げていくことへの「国の本気」が伝わってきました! 本日はありがとうございました!

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