独自の「健康経営」に取り組んでいるキュービックさん。実は、社員の働きやすさを向上させる取り組みはほかにもあります。月4回までの在宅勤務の容認、フリーアドレスのオフィス環境整備、フレキシブルな就労時間選択制度、毎日12:00~13:00の間は会話厳禁で個々の作業に没頭できる「集中タイム」の導入など。果たして、これらの取り組みはどんな考え方から推進され、どんな効果を上げているのでしょうか? キュービック代表、世一さんへのインタビュー後編は、「働き方改革」への取り組みを聞いてみました!

株式会社キュービック 代表取締役 世一 英仁さん
(所属・役職は取材当時)

※インタビュー前編はコチラから
「社員は“家族”だからこそ」キュービックの健康経営の裏側に迫る(前編)

「働き方改革」ってシビアな話だったはずが…

──世一さん、単刀直入にお聞きします。いま、世間をにぎわせている「働き方改革」について、どんな意見をもっていますか。

おぉ、そんなふうにストレートに聞かれたのは、初めてですね(笑)。そうですね、まず、働き方改革の真の目的は、過去何年も上がっていない日本全体の労働生産性の向上だと思っています。労働生産性を上げて、国際競争力をちゃんと高めていく。そういう改革のはずなのに、「伝わり方がちょっと違うな」と感じています。

──「伝わり方」ですか。

ええ、「ワークライフバランス」「副業解禁」「在宅勤務の奨励」、耳ざわりのいい言葉が先走って伝わっていると思うのです。結局のところ生産性っていうのは「アウトプット÷インプット」です。投資したおカネや時間といったインプットに対して、どれだけアウトプット、つまり成果が生まれたか。分母を小さくするか、分子を大きくするか。働く側でいえば、「より短い時間で、より大きな成果を出してください」ということが求められる。ずいぶんシビアな問題のはずですよね。

でも、そのシビアなところには触れずに、働く側にメリットの大きい制度をどんどん導入して、表面的なイメージアップに走る会社が多くなると、ちょっと危険かもしれませんね

──危険というと…?

逆に労働生産性が下がってしまうこともありえます。たとえば海外の企業では、以前まで在宅ワークが強く奨励されていました。ところがいまでは、在宅ワーク禁止の企業が増えています。なにが起きたのかというと、「育成」ができなくなったしまったんです。

経験の浅いメンバーって、シニアメンバーの指導を受けないと、仕事をやりとげることができない。だから、シニアメンバーに在宅ワークをさせてしまうと、育成ができないわけです。経験の浅いメンバーは満足に仕事をおぼえられないまま、会社を辞めてしまうという現象が起きてしまったのです。

「育成」をないがしろにしていませんか?

──何がまずかったのでしょう。

耳触りのいい部分だけが先走ってしまったということだと思います。在宅ワークになれば、シニアメンバーからすると、経験の浅いメンバーを育てる手間がなくなったぶん、自分自身の労働生産性は上がります。労働時間に対する収入は増える。企業側は有能なシニアメンバーを確保したいので、「在宅ワークOKです!」とアピールしてしまう。でも、その結果、最終的に会社にはなにも残らなかったわけです

──そうした誤りを避けるための方法を教えてください。

「育成」という要素にも目を向けることです。生産性のアウトプットを大きくするための因数が「能力×意欲」だとしましょう。能力と意欲が高ければ高いほど成果も大きくなる。社員の能力を向上するための企業の取り組みが「育成」意欲を向上するための取り組みが「環境改善」。この2つをセットで改革していかなければ、労働生産性の向上はありえません。

ところが、やれ在宅ワークだ、やれ副業解禁だと、「環境改善」ばかりがフォーカスされた結果、社員の能力を引き上げていく「育成」への取り組みがないがしろになっている。「これは危ないんじゃないのかな」と、心配して見ているのが僕の感覚です。

──「会社は人材の育成をしなくていい。能力を引き上げていくのは働く側の自己責任だ」と主張する人もいます。

そうですね。そのロジックをつきつめると、働く側が会社に帰属する意味はほとんどない、ということになります。個人で能力を高め、個人で仕事を請ければいいわけですから。そのような形態がマッチする事業分野もあるでしょう。

しかし、当社が手がけるインターネットのメディア運営をはじめ、チームで動くことが前提になる事業分野もあります。このような仕事では、そのチームに所属して実践的に業務を学ばないと能力が高まらない。「能力の引き上げ」を個人にゆだねるのは無理があるんです。会社に所属して、会社のチカラをつかって能力を引き上げていくのが、より効率的な事業分野だといえます。

「どんな働き方か」より「どんな人と働くか」

──キュービックさんでも、在宅ワークを容認していると聞いています。育成とどうやって両立させているのですか。

在宅勤務は、月4日までに制限しています。当社の業務は、1つのメディアを1つのチームが運営しています。マーケター、デザイナー、エンジニアなどが、チームとして一緒に働くので、基本的に、完全在宅では成り立たないモデルなのです。

ただ、僕がそれにとらわれて「在宅ワークはできません」となってしまえば、柔軟性のない労働環境になってしまいます。だから、能力や職種、役割に応じて容認していきたいと思っています。

──ベテランメンバーと一緒のチームで動く中で、若手メンバーが育成される仕組みですね。では、社員の方たちは「できることなら在宅でやりたい」がホンネなのでしょうか。それとも「オフィスでみんなと仕事をしたい」のでしょうか。

後者でしょうね。事業そのものより「どんな人と一緒に働けるか」という部分に、会社としての魅力を感じて入社してきたメンバーがほとんどですから。「この人たちと働きたい」と思ってきてみたら、みんな在宅でだれもいなかった…なんてことになってしまったら、会社の根幹が崩れてしまいます。

──なるほど。では、そんな「チームで動く、家族のような関係の会社」ならではの「働き方改革」への取り組みを──。

ちょっと待ってください。当社では、国がいま推進している「働き方改革」の文脈で「なにかしなきゃ」と思って始めたことは、1つもありません。僕らは若い会社ですし、フレキシブルに働き方を変えやすい事業規模。意識的に働き方を変えてきたのではなく、結果としていまの「働き方」になっている。その中には、たまたま国が推進している「働き方改革」に合致したものもある。そういう認識です。

あっ、ひとつだけ、国が推進しているものを採用した取り組みがありました。プレミアムフライデーです。これはやってよかった。社員の評判も上々です。

──そうなんですか! 「仕事が終わってないのに、無理やり中断させられるからわずらわしい」という意見もよく聞くのですが。評判がいいんですね!

ええ。「昼間から飲める」という理由で(笑)。早めの退勤を推奨してるだけで、「働きたい人は働いてもかまわない」としているんですが、午後3時になると3分の1くらいは帰りますね。それで「今月もお疲れさま!」みたいな飲み会が、あちこちで始まります。金曜から2泊で旅行に出かけて、リフレッシュしている社員もいます。金曜に夜まで働いていると、土曜に出かける1泊旅行しかできませんから。

毎日12時から1時までは会話厳禁!

──そんな活用法もあるんですね! では改めて、働き方に関する取り組みを教えてください。

勤務時間については、フレックス制ではありませんが、早く出社したらそのぶん早く帰っていいよ、というように自由度を高くしています。夏休みの取り方も同じで、全社一斉ではなく、「この期間中のどこかで取ってください」という感じになっています。

また、毎日12時から1時までは会話厳禁で、個々の作業に没頭する「集中タイム」にしています。これについては、チームで仕事をする当社では、「話しかけられない」という不満を訴える声もあります。でも、そうしたやりとりにわずらわされず、一気に仕事を片づけたいときもありますから。これは人によっては相当に生産性が上がっていると思います。

──ほかに生産性の向上の観点で効果のあった取り組みはありますか。

チームで仕事をするうえで、ITツールを駆使しています。仕事に関する会話をチャットでやり取りする。Googleドキュメントで文書をWeb上で同時編集する。これらも生産性を高めているでしょう。また、ハイスペックなPCが必要なエンジニアを除いて、ほぼ全員にノートパソコンを支給フリーアドレス制なので、会社のどこにでも持っていって、気分を変えて仕事できます

「成長のタネになるような会話」が生まれる環境を

──「チームとして働く」ことと「個人の労働生産性を高める」ことを両立させるためにいろんな工夫をしているように感じます。これらの取り組みの行き着く未来、キュービックさんではどのような働き方になっているのでしょう。

いままでの延長線上にない、まったく新しい事業アイデアのタネが、社員同士の会話で飛びかっている。そんな状態が理想です。当社では、「マーケティングの会社から、事業開発会社に変わっていきたい」という中期ビジョンをもっているからです。

──事業開発会社、ですか…?

そうです。新しい事業を次々に生み出す会社になりたい、と。それも、テクノロジーを活用した、非連続の成長ができる事業を生み出したいのです。最近、アマゾンの株価が四半期で20%成長したというニュースがありましたね。それを聞いたとき「まだそんなに伸びるの?」って、正直、驚いたんです。これは、アマゾンで働く人間の数が20%伸びたわけではない。テクノロジーのチカラで、ビジネスをつくっているからできたことでしょう。

たとえば同じアプリを1,000人が使っているときと、1万人が使っているときで、運用コストが10倍違うか、というと、たいして違いがないはずですよね。人の頭数を増やさないと伸びないビジネスから脱却して、テクノロジーによって急激に伸ばしていくことができる事業をやっていきたい。

──なるほど。本質的なところで労働生産性が上がった状態ですね。

ええ。そして、そうしたビジネスアイデアはボトムアップで出てくるんです。とくに、エンジニアやデザイナー、クリエイターといったヒトたちの発想が重要。従来は、こうしたクリエイティブサイドの人たちは、営業をはじめビジネスサイドの人たちが企画したものを受けて、制作する実務を引き受けている、というきらいがありました。そうした社内受託っぽい構造があると、新しいビジネスアイデアが出てきにくいですよね。

クリエイティブサイドのヒトたちが、より創造性を刺激され、チャレンジできるカルチャーをつくっていきたい。そしてクリエイティブサイドもビジネスサイドも関係なく、新しい「非連続成長のタネ」になるような会話が常におこなわれるようにしていきます。システムのアイデアを競うハッカソンのように、ビジネスアイデアを出しあう「アイデアソン」を開催する、というようなさまざまな仕掛けが必要だと考えています。


──「アイデアソン」って楽しそうですね! キュービックさんがチームワークを大切にしている会社であること、だからこそ社員を大切にして、社員間のコミュニケーションを大事にしていることがよくわかりました。
「健康経営」も「働き方改革」も、「国が推奨しているから」「他社がやっているから」といった受け身の取り組みではなく、キュービックさんならではのビジョンや戦略、歴史を踏まえてオリジナルの取り組みを推進しているのが印象的でした。本日はありがとうございました!

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