導入の背景
まずは、ペーパーレス会議システムを導入した中小企業について確認しておきましょう。
企業概要
自動車小売店を営むA社は、大手自動車メーカーの自動車を中心に、販売から整備、アフターサポートまで、クルマに関するサービス提供を一貫して行っています。堅調な需要に支えられ、業績は安定的に推移しています。
その一方で、自動車販売店どうしの競争環境は激しさを増しており、サービス品質を向上させるために、客の待ち時間に飽きさせない仕組みや、自動車の魅力を訴求するために動画や画像を効果的に使うことが求められていました。
課題
来店顧客の満足度向上と、クルマの魅力を効果的に訴求するために、従来の紙のカタログから、タブレットを使ったデジタルデータ活用へのシフトが検討されました。しかし、肝心の経営層がタブレットへのなじみがなく、その有効性を正しく理解することができませんでした。
そこで検討されたのが、ペーパーレス会議システムです。顧客に使ってもらう前に、経営層が使うことで、デジタル体験に対する理解を深めることが目的でした。
実際に、紙を使ったアナログの会議は限界を迎えようとしていたのです。毎月おこなわれる店長会議や、経営会議では、膨大な紙資料が必要になる上に、直前の差し替えなど、会議資料の準備に忙殺されるのが通常でした。
このような背景から、紙の資料をやめて、プロジェクターを使った会議運営が検討されたこともありました。しかし、幹部会議など会議の重要度が高まるにつれ、会社の数値データが会議資料に含まれるため、小さくて見えないという問題が顕在化したのです。
こうして、従来の紙をすべてデジタル化し、タブレットで会議資料を閲覧するペーパーレス会議システムの導入が検討されました。
ベンダー選定にあたり重視したこと
ペーパーレス会議システムと一口にいっても、実現方法はさまざまです。ベンダーが提供するソフトウェアにも違いがあり、どれが自社に最適なものなのか、正しく判断するのは難しいのが実情でした。そこで、以下の観点からベンダー選定を進めることにしたのです。
コスト
ITシステムを導入するのであれば、コストメリットが出せなければ意味がありません。そこでA社では、紙の会議資料にかかる直接的なコストと、人件費に分けて削減可能なコストを割り出しました。
紙の会議資料にかかる直接的なコスト
紙の会議資料には、1枚当たり10円かかっていると想定しました。ペーパーレス会議システムの対象となる会議は、経営会議・店長会議・営業会議の3つで、それぞれの実施回数から年間コストを割り出しました。
- 経営会議
- 10円 × 50枚 × 10人 × 12回 = 60,000円
- 店長会議
- 10円 × 30枚 × 30人 × 24回 = 216,000円
- 営業会議
- 10円 × 30枚 × 10人 × 24回 = 72,000円
- 合計
- 348,000円
人件費
どの会議でも、総務課の人員1名がおよそ2時間かけて会議資料を作成していました。そこから、紙の会議資料作成に、年間以下のような人件費がかかっていることが分かりました。なお、人件費は、1時間あたり2,000円とすることとしました。
- 3,000円 × 2時間 × 60回 = 360,000円
紙の会議資料の作成には、1年間で708,000円かかっていたのです。5年間では、約350万円のコストがかかっていると試算できます。こうして、予算額が確定し、5年間の総費用が350万円以下となるペーパーレス会議システムの選定が開始されました。
インターフェース
タブレット自体が高い操作性を持っていたとしても、会議資料を閲覧するためのソフトウェアが複雑であれば意味がありません。対象となる会議が幹部で高齢者が多いため、紙とそん色のない操作性を重視しました。会議中のメモや、ページ送り機能など、会議の運用方法を会議参加者に確認し、要件をまとめることも実施しました。
インターフェースにおいては、スピードも重視しています。タブレットを使う以上、Wi-Fi環境が必須ですが、アクセスが集中して通信速度に影響が出ないよう、検証を繰り返しました。
セキュリティ
対象となる会議が幹部会議である以上、通常の社員が閲覧できないようにアクセスコントロールを徹底しなければなりません。Wi-Fi環境であるため、暗号化や認証にも注意を払う必要がありました。
このため、単純なソフトウェアの提供はもちろんのこと、ネットワークレベルでの技術力を持つベンダーと協力し、システム化を進めることになったのです。
導入後の効果
顧客満足度の向上という今後の事業の方向性と、紙による会議の非効率という課題を解決するために導入されたペーパーレス会議システム。その導入効果はどのようなものだったのでしょうか。
会議資料準備の手間の削減
紙の会議をおこなっていたときは、会議資料の準備に膨大な手間がかかっていました。紙の資料代も決して無視できないコストがかかっていたのです。これが、ペーパーレス化したことで、直接的なコストが大幅に削減され、紙出力が必要ではなくなりました。直前の差し替えなどがあった場合も、電子である利点を生かして手間を削減することができたのです。
ペーパーレス化は、思わぬ効果も生み出しました。従業員が煩雑な作業から解放されたことで、モチベーションが向上。総務部門における定着率向上につながっています。
上位層のデジタル化への意識の変化
ペーパーレス会議をおこなう経営層の意識変化もありました。当初は、利用方法などにおいてとまどいがあったものの、経営陣が積極的にペーパーレス会議の開催を推進。ペーパーレス会議は着実に広がっていきました。会議資料の検索性が向上し、業務に活用するという試みも行われるようになりました。
デジタル化の流れは会議にとどまりません。当初の狙い通り、顧客への接客にタブレットを活用し、動画や画像を使って効果的な営業活動をすることが決定しました。さらに、CRMと連携し、顧客の整備記録や販売記録をタブレットでいつでも確認できる環境も整備されました。経営陣の意識をかえ、トップダウンでデジタル化が進展する風土が醸成されたのです。
遠隔会議やテレワークへの応用
ペーパーレス会議システム導入をきっかけに、ペーパーレスに対する意識が高まり、さまざまな業務でデジタル化が進みました。遠隔会議やテレワークにスムーズに移行でき、新型コロナウイルス感染症の蔓延においても効果を発揮します。
ペーパーレス会議システムをきっかけに進展したデジタル化は、A社の競争力向上や、危機への対応力という大きな効果をもたらしたといえるでしょう。
課題解決や会社の進むべき方向性ありきのIT化を
今回ご紹介したA社は、ペーパーレス会議システム導入をきっかけとして、中小企業では難しいデジタル化に成功した好事例であるといえます。そのもっとも大きな要因は、IT化の目的が、課題や会社の進むべき方向性が明確化できていたことにあります。
他の競合先が導入したシステムや、流行りのシステムを導入しても、企業には大きな恩恵をもたらしません。場合によっては、現場の混乱を生み出し、失敗することもあるでしょう。
中小企業のIT化成功の要因は、最初の一歩にあるといえるのです。