中国銀行と日立製作所は2026年2月25日、融資業務におけるAIエージェント活用に向けた協創を開始したと発表しました。この取り組みは、業務プロセスの分析から判断、最適化までの一連の流れにAIエージェントを適用することで、従来人手に頼っていた業務の段階的な自律化を目指すものです。
両社の試算によれば、人とAIの協働により、将来的には年間数万時間規模の業務時間削減が可能になるとされています。創出された時間は、行員が顧客と直接向き合い、事業内容や将来構想について議論する機会に充てられ、課題解決に向けた提案活動の強化につながると期待されています。
地方銀行が直面する構造的課題
地方銀行を取り巻く環境は厳しさを増しています。少子高齢化に伴い人材リソースが限られる中、顧客対応力を含めたサービスの高度化が求められているためです。
融資業務は特に、人手による判断や書類確認が中心であり、「業務負荷の増大」や属人化による「業務品質のばらつき」といった課題を抱えてきました。近年、多くの金融機関で生成AIを活用した課題解決の取り組みが進んでいますが、抜本的な解決のためには、多岐にわたる専門性に対応し、タスクを自律的に遂行するAIエージェントの活用が不可欠とされています。
こうした背景のもと、ちゅうぎんフィナンシャルグループは2024年5月に「ちゅうぎんDX戦略」を策定し、グループ横断での業務プロセス改革に着手。業務量の40%削減を目標に掲げています。
3つの業務プロセスから段階的に自律化
今回の協創では、融資業務を構成する「申込・稟議」「契約・実行」「モニタリング」の3領域のうち、特に人手による業務負荷が高く、AIエージェント導入による効果が高いと見込まれる以下の3つの業務プロセスを起点としています。
- 担当者意見の作成(申込・稟議)
- 融資実行の事務作業(契約・実行)
- モニタリング時の財務分析(モニタリング)
例えば担当者意見の作成においては、AIエージェントが過去の膨大な知見をもとに、顧客の事業内容や業界特性、運転資金・設備資金など多様な資金使途ごとに想定されるリスクや、確認すべき論点を整理します。これまで行員が記載していた書面作成を自律化することで、検討漏れを防ぎ、稟議内容の品質を標準化するとともに、作業時間の大幅な削減を目指します。
また、AIエージェントにより生成された文章案や論点整理の背景にある思考プロセスを可視化・共有することで、人材育成やノウハウの承継にも貢献すると期待されています。
これら3つの業務プロセスにおいて、人とAIの協働が実現することで、試算上、少なくとも年間10,000時間以上の業務時間削減が見込まれています。
業務自律化を支える統括エージェントの仕組み
融資業務の自律化を実現するにあたっては、業務プロセスごとに業務統括エージェントを配置し、その配下に具体的な実務遂行を行う実務エージェントを複数組み合わせる設計が採用されています。
複数のAIエージェントが連携することで、従来人手に依存していた業務の自律化を実現します。これらのAIエージェントは、行内システムに保管されている構造化データだけでなく、稟議における添付資料や事務マニュアルなどの非構造化データも活用することで、業務内容の精度および品質の向上を図ります。
将来的には、多様な専門性を備えたAIエージェントを拡充し、自律化の対象とする業務プロセスを順次拡大していく計画です。例えば、行員の取引先訪問前の準備作業や、渉外記録から融資条件を抽出して稟議書ドラフトを自動作成する機能などが検討されており、段階的に検証が進められます。
法人向けITにおける「協働」の設計思想
今回の取り組みで注目されるのは、AIによる完全な自動化ではなく、「人とAIの協働」という設計思想が明確に打ち出されている点です。
生成AIやAIエージェントの活用が進む中、「人の判断をどこまで残すか」という問いは、多くの企業が直面する共通のテーマとなっています。特に金融業務のように高度な専門性と責任を伴う領域では、AIに全てを委ねるのではなく、AIが生成した内容や論点整理を人が確認・判断する余地を残すことが、実務適用の現実解として機能すると考えられます。
また、AIエージェントにより生成された文章案の背景にある思考プロセスを可視化・共有することで、ノウハウの承継や人材育成につなげるという視点も、単なる業務削減にとどまらない価値として評価できそうです。
こうした「協働」の設計思想は、AIエージェントとはの考え方が、実際の業務プロセスにどう落とし込まれていくかを示す一つの事例と捉えられます。
他の金融機関への展開と業務拡張の可能性
日立は、本協創を通じて実用性が検証されたAIエージェントを、「融資DXサービス」の新たな機能として追加し、2026年4月から金融機関向けに提供していく予定です。各金融機関への提供にあたっては、業務特性に応じた組み合わせやチューニングを行うことで、柔軟に導入していく方針とされています。
さらに、法人向けの融資業務にとどまらず、個人ローンや相続、事業承継など他業務へもAIエージェントの適用範囲を拡大し、銀行業務全体のDX化を支援する構想も示されています。
将来的には、経営者へのヒアリング観点など、熟練者の暗黙知についても、OT分野で培ったナレッジ抽出技術を活かし、後任者へのノウハウ承継など、人材リソースのさらなる最適化を支援する計画です。
ITツール導入における示唆
金融機関に限らず、業務システムやSaaSの導入を検討する立場からは、今回の取り組みから以下のような示唆が得られそうです。
まず、生成AIやAIエージェントの活用を検討する際、「どこまでを自律化し、どこに人の判断を残すか」という設計方針が、導入後の実効性を大きく左右する可能性があります。特に専門性の高い業務では、段階的な自律化というアプローチが有効と考えられます。
また、業務プロセスごとに統括エージェントと実務エージェントを組み合わせる設計は、複雑な業務フローをAI化する際の一つのモデルとして参考になるでしょう。構造化データだけでなく、非構造化データも活用する点も、実務適用における精度向上のポイントとして意識しておきたい視点です。
さらに、AIが生成した内容の「思考プロセス」を可視化・共有することで、ノウハウ承継や人材育成にもつなげるという発想は、業務削減以外の副次的効果を期待できる設計として注目されます。
まとめ
中国銀行と日立による融資業務のAIエージェント活用は、地方銀行が直面する構造的課題に対し、人とAIの協働という設計思想で応えようとする取り組みです。
年間数万時間規模の業務削減という定量的な効果に加え、創出された時間を顧客とのコミュニケーション機会に充てることで、高付加価値な金融サービスの実現を目指す点が特徴的です。また、思考プロセスの可視化を通じたノウハウ承継という視点も、単なる業務削減を超えた価値として評価できます。
2026年4月からは他の金融機関への提供も予定されており、業務特性に応じた柔軟な導入が可能とされています。今後、融資業務以外の領域へも適用範囲が拡大されることで、銀行業務全体のDX化がどのように進展していくか、注目されます。

