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2026年05月15日

根回しは悪いことなのか—日本の意思決定の構造と、賢い使い方

根回しは悪いことなのか—日本の意思決定の構造と、賢い使い方

根回しは悪いことなのか—日本の意思決定の構造と、賢い使い方(写真はイメージ)

根回しは、ずるいことなのでしょうか

「あの人、根回しが上手いよね」——この言葉が、褒め言葉として使われることもあれば、批判的なニュアンスで使われることもあります。

会議の前に関係者に個別に話を通しておく。重要な提案の前に上司や関係部署の意向を確認しておく。こうした行為を「ずるい」「透明性がない」と感じる人もいれば、「それが仕事というものだ」と感じる人もいます。

「根回しとは」という問いが多くの人に共有されているのは、この概念への評価が一様でなく、「良いことなのか悪いことなのか」「やるべきなのかやらないべきなのか」という判断に迷っているビジネスパーソンが一定数いることの表れかもしれません。


根回しとは何か——言葉の起源

「根回し」という言葉はもともと、造園の用語です。大きな木を移植する前に、あらかじめ根の周囲を掘り起こして細根を出させ、移植後の活着を助ける作業を指します。本番の移植をスムーズにするための事前準備——この意味がビジネスの文脈に転用されました。

ビジネスにおける根回しとは、「重要な意思決定や提案を正式に行う前に、関係者に個別に話を通し、理解・合意・協力を事前に得ておくプロセス」です。

会議での突然の反対を防ぐ。上位の意思決定者の意向を事前に把握する。異なる部署の利害を調整しておく——これらが根回しの実務的な機能です。


なぜ日本の職場で根回しが必要とされるのか

根回しという慣習が日本の職場で根付いている背景には、意思決定の構造的な特徴があります。

「合議制・稟議制」という意思決定の形式が一つ目の背景です。日本の多くの組織では、重要な決定は複数の関係者の合意を経て進む形式を取ります。一人の権力者が即断するのではなく、「関係者全員が納得した状態」で物事が動く文化では、事前の合意形成——つまり根回し——が、意思決定プロセスの実質的な中心になります。

「会議は決定の場ではなく確認の場」という実態も関係しています。多くの日本企業の会議では、その場で議論して決定を下すより、すでに根回しによって合意が形成されたものを確認・承認する場として機能しています。根回しなしに会議に臨むと、「なぜ事前に相談がなかったのか」「関係部署への確認は取れているのか」という反応を受けることがあります。

「反対意見を公の場で言いにくい文化」も根回しを機能させる背景です。個人の意見を会議の場で正面から主張することへの心理的ハードルが高い環境では、事前の個別対話の中で懸念を表明し、調整することが現実的なコミュニケーションの形になります。


根回しへの批判——何が問題とされるのか

根回しへの批判には、いくつかの正当な論点があります。

透明性の欠如が最も多く挙げられる問題です。非公式なチャンネルで合意が形成されると、意思決定のプロセスが見えにくくなります。誰がどの段階でどんな判断をしたかが記録されず、後から経緯を確認できないという問題が生まれます。

インナーサークルの形成も根回しの副作用として指摘されます。根回しのネットワークを持つ人・持たない人の間で、情報と影響力に格差が生まれます。「あの人は根回しが得意だから案が通る」という状況は、能力や提案の質より政治力が優先される組織を生みやすくなります。

意思決定の遅さも根回しのコストです。正式な決定の前に複数の関係者への個別対話が必要になると、それだけ時間がかかります。変化のスピードが速い環境では、このプロセスが競争上の弱点になることがあります。

新参者・外部者の排除という問題もあります。根回しのネットワークは長年の関係性の上に成り立つことが多く、新しく組織に入った人や外部からの提案者は、このネットワークに入りにくい。「良い提案が通らない」という不満の一部は、根回しの構造がその人を排除していることから来ていることがあります。


根回しが機能するとき、機能しないとき

批判がある一方で、根回しが「組織を動かす有効な手段」として機能している現実もあります。何が違いを生むのでしょうか。

目的が「提案の質の向上」にある根回しは機能しやすいと考えられます。事前に関係者の懸念や要望を聞き、提案に反映させることで、会議に持ち込む案の完成度を高める——この意味での根回しは、むしろ意思決定の質を上げます。

「反対意見の封殺」を目的とした根回しは組織を歪めます。自分に都合の悪い意見を事前に潰すための根回しは、会議での建設的な議論を妨げ、確証バイアスを組織的に強化します。根回しへの批判の多くは、この使われ方に対するものです。

スピードと透明性のバランスも重要です。根回しで事前合意を作ることで会議が速く進む一方、プロセスが不透明になる。このトレードオフを意識した上で、「どこまでを非公式に、どこからを公式に」という設計を持つ組織は、根回しを有効に機能させやすいと考えられます。


根回し文化は変わるのか——デジタル時代の意思決定

リモートワークの普及・チャットツールの浸透・ドキュメント文化の広がりによって、意思決定のプロセスは変化しつつあります。

Slackでの非同期な議論・Notionでの意思決定ログ・GitHub上でのオープンなレビュープロセス——こうした透明性の高い意思決定の仕組みが広がる中で、「密室での事前調整」という従来型の根回しの必要性は、一部の組織では下がりつつあります。

しかし「人の感情を事前に理解し、懸念に対処する」という根回しの本質的な価値は、ツールが変わっても消えません。会議の前に一対一で「あなたはどう思うか」を聞くことは、意思決定の質を高める行為として、形を変えながら続いていくと考えられます。


まとめ——「ずるい」かどうかは、使い方で決まる

根回しは、それ自体が善でも悪でもありません。「提案の質を高めるための事前対話」として使われるとき、それは組織にとって価値を持ちます。「反対意見を封じるための政治工作」として使われるとき、それは組織の意思決定を歪めます。

「根回しが上手い人が仕事を動かしている」という現実は、組織の意思決定が公式な会議だけで行われていないという事実の表れです。その構造を理解した上で、透明性を保ちながら関係者との合意形成を進める方法を持つことが、現代の職場で「根回し」を賢く扱うための出発点になります。

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