環境タイプの分類と技術要件整理の進め方
セキュリティ製品の選定に入る前に、自社のネットワーク構成がどの環境タイプに該当するかを分類することが前提です。誤って判断すると、導入後に「管理サーバーに接続できない」「制御システムに干渉してしまう」といった問題が発生します。
環境タイプの4分類と主な特徴
技術要件整理に役立つ分類は次の4タイプです。(1)インターネットから完全に切り離された「クローズド環境(エアギャップ環境)」、(2)製造業・インフラ事業者が管理する産業制御システムが稼働する「OT環境」、(3)複数国に拠点を持つ「グローバル環境」、(4)オンプレミスとパブリッククラウドが共存する「ハイブリッドクラウド環境」です。一つの組織が複数のタイプを併せ持つケースも多く、セグメントごとに要件を分けて整理することが重要です。
技術要件チェックリストの作り方
チェックリスト化する際は、(1)ネットワーク構成図の最新化、(2)各セグメントの接続形態(プロキシの有無など)の確認、(3)稼働中のOSおよびファームウェアバージョンの棚卸し、(4)既存セキュリティ製品との競合チェック、(5)製品の通信先ドメイン・IPのホワイトリスト申請要否の確認、という順番で進めると抜け漏れを防げます。構成図が未整備の場合は、パッシブスキャンで現状を可視化することを先行させ、情報システム部門と現場エンジニアが連携して棚卸しを進めることが後工程の手戻り防止につながります。
クローズド環境(エアギャップ環境)の技術要件
インターネットに接続していないクローズド環境では、クラウド型のセキュリティ製品がそのまま機能しない場合がほとんどです。シグネチャ更新・ライセンス認証・ログの集約・管理コンソールへの接続など、通常はネットワーク経由で行う処理をすべてオフライン対応に切り替えられるかが選定の鍵です。
オフライン対応とシグネチャ更新方式の確認項目
クローズド環境向けの製品を選定する際に最初に確認すべきなのは、シグネチャ(定義ファイル)の更新をオフラインで実施できるかどうかです。多くのウイルス対策製品はクラウド経由でリアルタイム更新を行いますが、クローズド環境では手動・媒体経由での更新が必要です。確認ポイントは次の通りです。
(1)スタンドアローンモード(オフラインモード)の提供有無、(2)更新媒体(DVD・USBメモリ)からのシグネチャ適用に対応しているか、(3)更新頻度の推奨サイクルとベンダーの提供スケジュールが合致するか、(4)一括更新ツール(オフライン配布ツール)の有無、(5)ライセンス認証もオフラインで完結できるか。これらを製品選定の評価シートに盛り込み、各ベンダーに回答を求めるのが確実です。
持ち込みデバイスとUSB制御の技術要件
クローズド環境でも、USBメモリを介したウイルス侵入は現実的なリスクです。デバイス接続制御とウイルスチェックステーションの組み合わせが基本的な対処策です。確認すべき技術要件は次の通りです。
(1)ホワイトリスト方式でシリアル番号・製造元を登録し、許可端末のみ接続を許可できるか、(2)未登録デバイスのブロックと接続試行のログ記録が可能か、(3)持ち込みUSBをネットワーク隔離端末でスキャンしてから搬入する「ウイルスチェックステーション」機能があるか、(4)エアギャップ環境でのポリシー配布方式(媒体経由)に対応しているか。インフラ施設や研究機関では、媒体の申請・承認フローとシステム側の制御を連動させる運用設計も合わせて検討します。
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OT環境(産業制御・製造ライン)の技術要件
OT環境は、IT環境と比べてOSや通信プロトコルが特殊であり、汎用的なセキュリティ製品がそのまま動作しないケースが多く見られます。制御系システムへの干渉を避けながら可視性と防御力を確保するには、OT専用の技術要件を整理することが必須です。
産業用プロトコルと機器への対応確認
OT環境で使用される通信プロトコルはIT環境のTCP/IPとは異なるものが多く含まれます。Modbus、PROFINET、EtherNet/IP、DNP3、IEC 61850など、現場で使用されているプロトコルを製品が認識・解析できるかどうかが最初の確認ポイントです。プロトコル対応が不十分な製品では、通信内容を可視化できず、異常検知の精度が大幅に落ちます。
次に、対象機器のOSバージョンへの対応確認が必要です。OT環境では製造終了(EOL)になったWindowsや組み込みOSが長期稼働しているケースがあり、エージェントをインストールできない機器も存在します。エージェントレスでパッシブ監視できる製品が有力な選択肢です。確認項目は、(1)エージェントレス監視への対応可否、(2)SPANポート設定による通信キャプチャへの対応、(3)PLCやHMI・SCADAとの相互干渉がないことのベンダー実証、の三点です。
OT環境における変更管理と稼働影響の最小化要件
製造ラインや社会インフラの制御システムは、停止・誤動作が生産損失や安全問題に直結します。セキュリティ製品の導入・更新プロセスにも厳格な変更管理が必要です。確認すべき要件は次の通りです。
(1)アップデートを任意のタイミングで延期・制御できるか(自動更新の強制適用がない設計か)、(2)定期メンテナンス時間帯にのみアップデートを適用できるか、(3)OT環境での導入実績・動作検証レポートをベンダーが提供できるか、(4)導入時の現場立ち合いサービスがあるか。導入前にセキュリティベンダー・設備担当者・制御システムメーカーの三者で要件定義し影響範囲を文書化しておくことが、責任分担の明確化にもつながります。
グローバル環境(多拠点・海外拠点)の技術要件
複数国に拠点を持つ組織では、国ごとに異なる法令・データ保護規制への対応と、全拠点を一元管理するための技術基盤の整合が技術要件の核心となります。EDRやSIEMなどのセキュリティ製品を選定する際も、グローバル運用の要件を明示した上でベンダーに確認することが不可欠です。
データ保存規制とストレージ先の選択要件
EUのGDPR、中国のDSL・PIPL、米国カリフォルニア州のCCPA/CPRAなど、国・地域によってデータの越境移転や保存場所に関する規制が異なります。 セキュリティ製品が収集するログや端末情報も「個人データ」に該当する場合があり、違反時の制裁金リスクは高額です。確認すべき技術要件は次の通りです。
(1)ログ・テレメトリの保存先リージョンを国・地域単位で分割指定できるか、(2)EU向けにはDPA締結やSCC(標準契約条項)への対応があるか、(3)中国法規制に対応する国内ストレージオプションが用意されているか、(4)コンプライアンスレポートをベンダーが提供できるか。製品選定フェーズで書面確認しておくことが法務リスクの回避につながります。
多拠点一元管理のコンソール設計と現地サポート要件
グローバル拠点を持つ組織では、本社または地域SOC(セキュリティオペレーションセンター)から全拠点を一元管理できる体制が効率的です。製品のコンソール設計と現地サポートに関する確認項目は次の通りです。
(1)複数拠点のアラートをダッシュボードで横断確認できるか、(2)拠点ごとのポリシー設定と全体統合管理を両立できる階層型の管理構造があるか、(3)UIとレポートを現地語に切り替えられるか、(4)各国データセンターへのローカル管理サーバー配置オプションがあるか、(5)現地語・現地時間でのサポート体制があるか。インシデント対応は時間との勝負であるため、現地拠点の深夜帯でも対応できるサポート窓口の有無は重要な選定条件です。
ハイブリッドクラウド環境の技術要件
オンプレミスとパブリッククラウド(AWS・Azure・GCPなど)が混在するハイブリッドクラウド環境では、境界型防御だけでは保護範囲に穴が生じます。各レイヤーごとに適切な製品を組み合わせて対応する必要があります。
クラウドネイティブのワークロード保護(CWPP)要件
仮想マシン・コンテナ・サーバーレス関数など、クラウド上のワークロードを保護するにはCWPP(Cloud Workload Protection Platform)の導入が有効です。エンドポイント向けエージェントをそのままクラウドVMに適用しようとすると、オートスケーリング時のインストール遅延やコンテナへの非対応といった問題が発生します。確認すべき要件は次の通りです。
(1)コンテナ(Docker・Kubernetes)への非エージェント型監視に対応しているか、(2)IaCとの連携でデプロイ時にポリシーを自動適用できるか、(3)AWS Security HubやMicrosoft Defender for Cloudとの統合に対応しているか、(4)マルチクラウド環境のリスクを一元可視化するCSPM機能があるか。
ハイブリッド環境でのID管理とアクセス制御要件
オンプレミスのActive DirectoryとクラウドIDプロバイダーが混在する環境では、認証基盤の整合性とアクセス権限の一元管理が重要です。廃止アカウントのクラウド残存やアクセス制御の抜け漏れを防ぐため、次の確認ポイントを押さえておきます。
(1)オンプレミスADとクラウドのディレクトリ同期の現状と同期頻度、(2)多要素認証(MFA)がオンプレミス・クラウド双方をカバーしているか、(3)条件付きアクセスポリシー(デバイス健全性・場所・リスクスコア連動)が設定できるか、(4)PAM(特権アクセス管理)ツールがハイブリッド環境に対応しているか。
サイバー攻撃対策の環境別技術要件に関するFAQ
環境タイプ別の技術要件を確認する中で、担当者からよく寄せられる疑問をQ&A形式で整理しました。製品選定前の確認作業の参考にしてください。
- ■Q1:クローズド環境ではクラウド型のEDRは使えませんか?
- クラウド型EDRはインターネット経由の通信を前提とした設計のため、完全なエアギャップ環境では機能しないケースがほとんどです。ただし一部製品はオンプレミス型管理サーバー(アプライアンス・仮想アプライアンス)を社内設置してクローズド環境を管理するオプションを提供しています。まずベンダーに「インターネット非接続環境への対応実績」を書面で確認することが先決です。
- ■Q2:OT環境へのセキュリティ製品導入で制御システムが止まるリスクはありますか?
- 適切な製品選定と導入手順を踏めばリスクを最小化できますが、ゼロとは言えません。OT環境向けにはパッシブ監視(通信を傍受するだけで制御システムへのトラフィックを生成しない)方式の製品が安全性の観点から推奨されます。導入前に設備メーカー・制御システムインテグレーターを巻き込んで検証環境(テストベッド)での動作確認を実施し、承認された変更管理プロセスで本番導入することが不可欠です。ベンダーに「同種の制御システムでの導入実績と検証レポート」を求めることも有効な確認手段です。
- ■Q3:グローバル拠点が多い場合、EDRの管理サーバーは本社一か所に集約するべきですか?
- 一概には言えません。集約管理はポリシーの一元化と運用コスト削減の面では有利ですが、拠点と管理サーバー間の通信遅延やデータ保存規制(EU・中国など)の観点から、地域ごとに管理サーバーを分散させるアーキテクチャが適切な場合もあります。製品によっては「グローバルコンソール+地域別サーバー」のハイブリッド管理構成に対応しているものもあります。各国の法規制要件とIT部門のリソース配置を考慮した上で、ベンダーに推奨構成を提案してもらいながら設計することを推奨します。
まとめ
サイバー攻撃対策の技術要件は、環境タイプによって根本的に異なります。クローズド環境ではオフライン対応とデバイス制御、OT環境ではプロトコル互換性とパッシブ監視、グローバル環境ではデータ保存規制への対応と多拠点一元管理、ハイブリッドクラウド環境ではCWPPとID管理の整合性が、それぞれ固有の確認ポイントです。カタログスペックだけで選定するのではなく、自社環境のタイプを分類した上で環境固有の技術要件をチェックリスト化し、ベンダーに具体的な回答を求めることが、導入後のミスマッチを防ぐ確実な方法です。


