行動経済学とは
経済学と聞くと、マクロ経済やミクロ経済を思い浮かべる方も多いでしょう。「神の見えざる手」という言葉を想起する方もいるかもしれません。そこで、まずは、従来型の経済学との違いから、行動経済学の概要を理解していきましょう。
一般的な経済学との違い
経済学は、それが古典経済学でも、マクロ経済やミクロ経済学でも、「人間は合理的である」ことを前提に置いています。合理的である、ということは、リンゴが木から離れると地面に落ちるように、人間がある一定の経済原則に沿った行動をとるということです。人間が経済的合理性に基づく行動をとるからこそ、神の見えざる手に導かれるがごとく価格によって需要と供給が均衡するのです。
しかし、私たちの実際の消費者行動を考えたとき、果たしていつも合理的な行動をとるといえるでしょうか。多少値段が張っても食べ放題の食事を選択したり、明らかに不健康なタバコやお酒が辞められなかったり、ときに人間は合理的とはいえない行動を選択します。
行動経済学では、合理的ではない人間の行動に焦点を当てています。経済学という名前がついているのですが、心理学という側面もつよい学問であるといえるでしょう。
ナッジと行動経済学
行動経済学と関係が深い用語として「ナッジ」が挙げられます。ナッジ(nudge)とは、そっと後押しする、という意味があります。行動経済学の考え方を逆手に沿って、人間に意図する行動をとらせたり、逆にとらせないようにしたりするためにナッジが利用されています。
例えば、レジの前にある足跡のマークはナッジの代表例といえるでしょう。自然と並ぶ場所が分かる効果に加え、コロナ禍においてはソーシャルディスタンスを保つ効果もありそうです。その他にも、電車などで優先席が分かるようシートの色を変える工夫も、ナッジの考えを取り入れた例といえるでしょう。
行動経済学のビジネスへの応用
私たちの生活は豊かになり、大量生産大量消費の時代は終わりを迎え、成熟化した社会が訪れています。従来のように、安いから買う、便利だから買う、といった経済合理性だけでは、消費者行動を予測できません。
成熟化した社会では、購買の動機になる要因は、値段や便益を超えた「共感」や「見栄」かもしれません。もはや、消費者の心理にまで踏み込んでいかないと、ビジネスの世界での成功は難しい社会が訪れているのです。
マーケティングに応用できる行動経済学
行動経済学は、とくにマーケティングの分野で威力を発揮します。ここでは、行動経済学で知られている効果や現象をします。プロモーション戦略や商品開発の参考にしてみてはいかがでしょうか。
フレーミング効果
全く同じ事象を引き起こすものでも、表現の仕方によって相手への捉え方が異なる現象のことです。フレーミング効果は、フレーム(額縁)が語源になっています。同じ絵であっても、額縁を変えるだけで異なる印象を相手に与える場合があることから、フレーミング効果と名付けられました。
例えば、以下の2通りのくじがあった場合、どちらを選択するでしょうか。
- A
- 10%の確率で当選する
- B
- 90%の確率で落選する
冷静に考えれば、両方とも同じくじであると分かるのですが、直観的にAを選択する方が多いかもしれません。新商品のキャッチコピーを考える際などは、フレーミング効果を考慮に入れて、ネガティブ表現を避けることを検討すると良いでかもしれません。
おとり効果
2つの選択肢しかない場合に、おとりを用意することで、ユーザーに意図する選択をさせやすくなる効果のことです。例を挙げて説明しましょう。
飲食店で「上」(1,000円)と「並」(800円)の2種類しかない蕎麦屋があったとします。たまには、「上」を頼むかもしれませんが、多くの場合は無難な「並」を選択することになるはずです。ここでおとりとなる「特上」(1,200円)をメニューに加えるとしましょう。
そうすると、消費者には、「特上は高すぎるけど、並だと物足りないから、上にしよう」という心理が働き、客単価を上げやすくなるのです。
サンクコスト
サンクコストとは、支払が完了し回収ができない費用のことです。消費者は、お金を回収できない分、他の要素でなんらかの便益を得ようとする行動をとりやすくなります。
例えば、1,000円を払って映画を鑑賞しに行った場合、開始10分で明らかにつまらない場合でも、1,000円をサンクコストにしたくないため、頑張って最後まで見続けた経験はないでしょうか。また、同様に、1,000円の食べ放題にいった場合、元を取るために無理して食べることもサンクコストがもたらす消費者行動といえるでしょう。
近年では、サービス提供をサブスクリプションで提供するケースも増えてきました。料金を数か月前払いとする仕組みで提供すれば、サンクコストの効果で消費者の離脱を防ぐことができるかもしれません。
アンカリング効果
アンカリング効果とは、最初に数値などを提示してそれを相手に強く印象づけることによって、次に提示するものの印象が変わる効果のことです。アンカリングの語源は、アンカー(錨)であり、船が打ち込んだ錨の範囲内でしか動けなくなるように、アンカーを打ち込めば消費者の行動も制限することが可能となります。
アンカリング効果がもっともよく使われるのは、価格の提示です。メーカー希望小売価格や定価をアンカーとして提示し、それを打ち消す形で販売価格を提示すれば、実際以上に値引き額が大きいと感じさせる効果をもたらすかもしれません。店舗の店構えも、高級感を前面に出せは、それがアンカーとなって高価格商品が消費者に受け入れられることもああるでしょう。
バンドワゴン効果
バンドワゴン効果とは、流行や周りの評判がもたらす効果のことです。ひとたび流行すると、バンドワゴン効果で多くのユーザーを獲得できるかもしれません。バンドワゴンとはサーカス用の派手な四輪車のこと。選挙の際に、多くの立候補者がこぞって利用したことから、この名が使われるようになりました。
日本人は、同調意識が強いためバンドワゴン効果を発揮しやすいといわれています。行列をみると、ついつい並んでしまうのは、典型的なバンドワゴン効果であるといえるでしょう。2020年、「鬼滅の刃」が社会的現象といえるほどに大ヒットしたのも、バンドワゴン効果の影響があるかもしれません。
その一方で、みんなが使っているから使いたくないとい消費者心理のことを、スノッブ効果と呼びます。消費者ニーズが多様化するなかでは、あえてスノッブ効果を狙ったマーケティングが効果を発揮することもあるはずです。
人間の行動原理から売れる仕組みを考える
ときに理解が難しい人間の行動原理ですが、行動経済学の視点から観察すると、人間の行動を制限したり、意図した行動をとらせたりすることができるようになってきました。ナッジを効果的に使えば、社会全体を好ましい方向に導けるかもしれません。
従来型の経済学の視点から、経営環境を分析することはもちろん重要ですが、人間の行動原理までをも考慮に入れた経営戦略の立案が求められるようになっています。持続可能性が盛んに議論されるようになった成熟社会においては、良いものを安く売るだけでは、消費者に受け入れられることはないでしょう。
いまこそ、行動経済学への理解を深め、人間の内面から、商品やサービスを提供することが求められているのです。