登壇者プロフィール
Strategy Partners 代表取締役/M-Force 共同創業者 取締役 「たった一人の分析から事業は成長する 実践 顧客起点マーケティング」著者
西口 一希 氏
P&G・ロート製薬執行役員・ロクシタンジャポン代表取締役・スマートニュース執行役員を歴任。1990年大阪大学経済学部卒業後、P&Gジャパンマーケティング本部に所属、パンパース、パンテーン、プリングルズ、ヴィダルサスーン等を担当2006年ロート製薬に入社、執行役員マーケティング本部長としてスキンケア、医薬品、目薬など60以上のブランドを担当。
2015年ロクシタンジャポン代表取締役。2016年にロクシタングループ過去最高利益達成に貢献し、アジア人初のグローバルエグゼクティブコミッティメンバーに選出、その後ロクシタン社外取締役戦略顧問。2017年にスマートニュースに参画。2019年現在スマートニュース日本および米国のマーケティング担当/執行役員を経て現在。
SATORI株式会社 代表取締役
植山 浩介 氏
東京大学 情報理工学系修士。インターネット創成期にトライアックス株式会社を設立。デジタルマーケティング業界にて20年以上従事し、多くのプロダクトを受託・開発する。2014年にトライアックスの社内ベンチャーとしてSATORIをスタートし、2015年9月新会社SATORIを設立。創業5年で導入1,000社、業界認知度No.1を達成した。マーケティングオートメーションツール「SATORI」は自身9作品目のソフトウェアとなる。/span>
1.「商売の本質」とは?
SATORI株式会社 植山 浩介 氏(以下、植山):
デジタル化がすすみ、さらにはコロナ禍において、顧客獲得に悩んでいる企業様はすごく多いと思っています。企業側の思いと、顧客側が求めているものがずれていってしまうような事例を、西口さんはたくさん見られているのではないでしょうか。
Strategy Partners 西口 一希 氏(以下、西口):
はい、コンサルタントとして、経営や承継、売上や利益率の改善、海外進出などさまざまな案件に対応してきたのですが、共通して皆さんが課題として持っているのは、お客様が誰なのかが分からなくなってしまっているということです。お客様が見えない中で努力すればするほど、組織の肥大化や無駄なコストの増加、組織の中でのトラブルなどが起こってしまうという構造があります。
具体的な例として、ロクシタンの利益率改善プロジェクトの話をします。ロクシタンらしい魅力的な新商品をどんどん投入してお客様に買っていただく、という素晴らしいビジネスを築かれていたんですけれども、ある時点から利益率が急下降して売上の伸び率も止まってしまっていたという状態でした。
そのため、まずはお客様を見てみると、ロクシタンの新商品が大好きなお客様は多くいる一方で、ロクシタンは好きだけど最近は買っていないという人もいたんですね。こういう人を獲得するためにも新商品をリリースするけど、「そんなにハンドクリームをいっぱい出されても塗る手が無いよ」となかなか買ってくれなくなっていたという状況です。
そこで、単に新商品を出すだけではなくて既存の商品をギフト向けにパッケージをして販売したら、たくさんのお客様に購入いただけるようになることに気づいたんです。並行して新商品の投入ペースを落とすことで、新規顧客もリピート顧客も増えて購買単価や購入頻度がアップしました。利益率が短期間で劇的に改善して上手くいったケースといえます。
私もたくさん失敗してきましたが、商売の本質とは「お客様を理解する」ということに集約されるなと感じています。
植山:
私も営業の現場からとにかく「新しい機能が欲しい」という声が上がってくるので、今のお話はすごく共感するところがあります。では、本質的な顧客ニーズにたどり着き、企業の売上向上につなげるためには、どのようにすすめるべきですか?
西口:
当時、一緒に仕事をしていた本部長の皆さんは、ギフトの売上を「大体全体の二割から三割ぐらい」と認識していましたが、店舗の店長さんに聞くと「売れる商品の八割から九割がギフトですよ」とおっしゃっていたんですよね。そこで、既存商品をギフト化したら潜在需要を獲れるんじゃないかと気づいて、やってみたらどんと売上が上がったということだったので、最初は疑心暗鬼だった社内もすぐに納得してくれました。
植山:
最前線で売っている人の声を聞いて、それを商品開発に活かすのですね。
西口:
そうですね。単純に現場主義と申し上げるわけではないですけれど、お客様の心の中身が大事ですよね。どういう心理状態にいらっしゃるかが見えたときに上手くいって、いまいち分からないまま「こうじゃないかな」と推測しているだけのときは結構な確率で失敗してしまいます。
植山:
現場の意見もさまざまだと思いますし、お客様に直接意見を聞くのか、それともトップ営業に聞くのか、どこを正とするか判断するコツはありますか?
西口:
基本的には、社長自身がお客様の話を直接聞くことをお勧めしています。「お客様の話を聞いてください」とか、「お客様を理解しましょう」というのは形だけのいい感じの話という風に捉えられてしまいがちですが、全然そんなことはなくて本当に変化が生まれます。
植山:
なるほど。インタビューの手法にはいろいろあると思うのですが、西口さんが実践されている顧客の声のヒアリング方法やビジネスに活かすためのポイントはありますか?
西口:
いろんなやり方があると思いますが、事実を追いかけるということをしています。実際に売れている理由を探りに行くんです。まずは売上データからずっと買い続けていただいているお客様を見つけて、「なぜそんなに買い続けてくれているのか」を理解することや、ある特定の商品がすごく売れているのであれば、その理由をお客様に聞きに行くことからスタートします。商品に大きな価値を感じているからお金を出してくださっているので、その価値を作っている要因は何なのかを紐解くと、大体答えが見つかってきます。
一人のお客様やクライアントの話を聞くだけだと代表性が無いと思われがちですが、これは大きな間違いです。三人のお客様の平均的な話を元に何かをやるよりも、特定のお客様の話を元にやる方が提案として絶対に強いですし、同じように買っていただけるお客様も必ず増えるんですよね。
2.顧客のこと、見えていますか?
植山:
BtoCだけではなく、BtoBのビジネスでも同じように考えてもよいものでしょうか?
西口:
ヘアケア商品の中堅メーカー様の事例を紹介します。美容室に商品をおいてもらい利用客に購入してもらうというBtoBtoCのビジネスですが、売上が伸び悩んでいると。そこで、まずは誰に売れているのかを整理するために、台帳から過去五年分のデータをすべて突き合わせたらおもしろい傾向が見えました。継続して発注していただいている美容室チェーンさんには、特定の二人の営業の方が関わっていたんです。
この二人がほかの営業さんとは何が違うのかを比べていくと、ある特徴が見えました。二人は必ず週に一回担当先に電話をされていたんです。さらに一番売上の高い店舗にお菓子を持って必ず訪問していたんですよね。「これだ!」ということで、まず全営業担当者に「必ず週一回は電話をしたり訪問したりしましょう」とやり始めたら、上手くいき始めたところもあれば、すごく嫌がられて出入り禁止になったところもあって。
どうしてこの差が生まれるのかと、さらにその二人の営業さんに話を聞いたら、店舗に訪問したときに自社の商材に関するいろんなネタを仕込んでいたことが分かりました。例えば「うちのこの商品はすごく高級な香料を使っていて、普通だったら一万円ぐらいの商品にしか入っていないものを使っているんですよ」というネタを、会話の中に入れていたみたいなんです。結果として、その話を聞いた美容師が接客中に自然としゃべってくれていたので、お客様が「そんなに良い物なんだ」と興味を示し購入するという構造になっていました。
これは紐解くと、単にいろんなパッケージやプロモーションをしているだけだと売れなくて、お客様が買いたいと思うきっかけとなる話をしてあげないと駄目ということだったんです。そのために毎週連絡して、ネタを提供していたことでビジネスが成立したんですね。
植山:
でも一番はじめの話だけだと、「足繁く通う」というのが秘訣なのかと思っちゃいますよね。でも違ったと。
西口:
そうなんです。その後は、商品について「伝えたいことリスト」を毎週用意して店舗にお伝えしていくということを実施したら、徐々に売上が上がっていきました。
植山:
トップ営業や売れている現場の方々の話を聞いたり、実際にお客様のところに行ったりして便益が何なのかを理解する点や、現場でお客様がどう感じているのかを想像する点はBtoCと共通ですね。
西口:
本当にお客様にとって必要なものは、お客様自身が気づいてないことが多いんですよね。気づいていないことを見つけ出し、お客様以上にこちらがお客様を理解すれば新しい価値づくりのチャンスが必ず訪れるので、ほかの仕事も楽になります。ここが見えないとものすごく打ち手が増えて人材も投資もいるし、業務がどんどん増えていってしまいます。
植山:
目先のことばかりを追っていると、社内体制や商品開発の方向性などにブレが出そうですね。顧客に視点を向けることによってみんなが顧客の方に向く。組織マネジメント的に言えば、上を見て仕事をしないということと同じですね。
西口:
そうですね。普段からお客様を理解することが現場の仕事だと定義しておく必要があります。そうでないと、組織が大きくなったり部署が増えたりしたときに、役職者はみんなKPI管理や財務諸表に目がいってしまうんですよね。お客様がなぜ買ったかとか、お客様がなぜ離れてしまったかは追わないんです。売上が倍になったときは「良かったね」となるかもしれませんが、ひょっとしたら競合が研究するために倍買ったかもしれないですよね。それに気づけなくなるんです。
植山:
組織の拡大期に、マーケティングやインサイドセールス、フィールドセールス、カスタマーサクセスのように役割分担することによって部分的な情報に偏ってしまうという課題も、今のお話と共通するところがあると思います。
西口:
それはめちゃくちゃありますね。「横の連携が足りない」とか、「サイロ化がすすんでいる」という悩みは、もともとそうなるように組織を作ってしまっているんです。それぞれの部門でKPIを追いかけるから、お客様からすると本意ではないサービスを受けていることがあるんですよね。組織が分断しているのは、人材の問題じゃなくてお客様を起点にして物事を見る仕組みが作れていないことが問題だと思っています。
3.まず何からするべき?
植山:
今までのお話の中にもヒントがたくさんありましたが、顧客が見えなくなってきている方々がこれからどう取り組むか、どこから手を打てばいいかというところも是非お伺いしたいです。
西口:
まずは、お客様と売上・利益との関係を可視化できるようにデータベースで管理した方がいいと思います。次にお客様のセグメンテーションをすることが必要です。間違っていても構わないので、まずはマーケット全体で100%のシェアを獲った場合のお客様数、クライアント数を定義する。その中で今の自社のクライアント数やお客様数、年間の購買頻度が高い人や売上が大きい人の数や社数も分ける。さらには既存のお客様、離反したお客様、認知してくれているお客様、まだ購買していないお客様の五層に分けていく。
特に一番上の購買頻度が高く長年の付き合いのあるロイヤルカスタマーは、なぜ自社に高い価値を見出してくれているのか、どんな便益性を感じているのかといった他社に移らない独自性の理由を見つけ出すために重要です。ロイヤルカスタマーが感じている価値の源泉を便益性と独自性とに分けて分析すると、自社が提供している価値の源泉も見えてきます。
植山:
なるほど。既存のお客様を平均化せずに、まずはロイヤルカスタマーから競合優位な部分や価値を定義していくということですね。
西口:
SaaSビジネスやサブスクも作ったら上手くいくわけではなくて、ヘビーユーザーに必要とされているものをいかに拡げるかが重要です。限られた期間内で、商品価値をお客様が実感できるかどうかを時系列で考えなければいけないと思います。
植山:
ITやデジタルがすすんだことによって、顧客の考え方や顧客に対してのビジネスの進め方で変わったところはありますか?
西口:
この十年でデータベースの構築がすごく容易になったと思います。デジタルの時代になって、事実を正確に分析するための情報をストックできるようになったんですよね。それを元に、デジタルマーケティングなどの手法で効率良くリードを獲得できるようになりました。
一方で、データベース上のお客様の分類をちゃんとされていないのが課題だと思います。せいぜい既存ユーザーと離反の管理くらいで、お客様の行動理由を追いかけていないんですね。例えば、あるイベントはすごく集客できたけど、別のイベントは集客が上手くいかなかったという場合に、単純に前者を拡大しても行き詰まります。なぜなら、それぞれのイベントにお客様が来てくれた理由を洞察していないからです。駄目だったイベントでもお客様が来てくれたのなら、その理由は何だったのだろう、と振り返ってみると、そこには便益性や独自性が成立しています。
植山:
先ほどのお話にあった、ロイヤルカスタマーになっていくか、いかないかという話とも関連していますよね。
西口:
はい、ロイヤルカスタマーやサブスクビジネスも、お客様は何も考えずに買い続けているわけではありません。毎回、なんらかの便益を実感しているから購入したり課金し続けたりするわけです。ただ、一度受け取った便益は当たり前になるので、同じことを提供するだけでは価値がちょっと下がります。常に便益性や独自性の強化や確保をしないと、すぐに陳腐化されてコモディティ化していくので、ロイヤルユーザーといえど離反していくんですよね。
また、商材によっては一つの戦略で新規獲得とユーザーのロイヤル化を同時に達成できる場合もありますが、その確率は決して高くないです。一般的にはそれぞれにやるべきことは異なるので、分けて考える必要がありますね。
おわりに
植山:
今回の対談で、「顧客を見る」という商売の本質に触れることができました。私も創業してから今七年が経つところですので、現場から離れていくところでもう一度原点に立ち返ることができたと思います。本当に勉強になりました。ありがとうございました。
SATORI様の公式サイトはこちら
https://satori.marketing/
西口:
僕は顧客、顧客と同じことばかり言っているんですけど、結局そこに行きつくと心の底から信じています。すぐにできることとしては、今皆さんのビジネスで一番買っていただいている人が、なんで買っていただいているのかということをまず考えて、分からなければ聞いていくということです。その後はおそらく勝手につながっていくと思います。
まずはお客様の話を聞きに行って、そのお客様を繋ぎ止めるためには何を絶対にしてはいけないかを見極める、ということをやっていただければと思います。良い機会をいただきました。ありがとうございました。
ITトレンドEXPO次回もお楽しみに!
当日のセッションでは、登壇者が視聴者の皆さんからの質問にリアルタイムで答えてくれます。ぜひ次回のITトレンドEXPOへのご参加お待ちしております!(参加無料)
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