BCP(事業継続計画)とは
BCP(Business Continuity Plan)は、企業や組織が自然災害や事故、パンデミックなどの緊急事態に直面した際でも、重要な業務を継続または早期に再開するための計画を指します。一般企業では主に事業の損失を最小限に抑え、顧客やステークホルダーへの影響を軽減することが目的ですが、薬局や医療機関の場合は、地域住民の生命や健康を守ることが最優先です。そのため、薬局BCPには、医療機関特有の視点が求められます。
BCP対策については、以下の記事で詳しく解説しています。
薬局BCPの必要性
災害時において薬局の事業継続は、医療を支える上で欠かせない条件です。医薬分業体制が進んだ現在、病院だけでは十分な医療体制を維持できず、薬局の役割がより重要になっています。
実際に、東日本大震災では多くの薬剤師が被災地で活動しました。被災地の住民からは医師や看護師と並んで高く評価され、薬剤師・薬局の必要性が広く認識されるきっかけになりました。東京都はこれを受けて「薬局のモデルBCP」を作成し、地域間での連携体制強化が進められています。
介護保険の請求を行っている薬局ではBCP作成が義務化
2021年度の介護報酬改定により、介護保険サービスを提供している事業所には、業務継続計画(BCP)の策定が義務付けられました。薬局においても、介護保険の請求を行っている場合は対象です。
この義務に対しては、当初3年間の経過措置(努力義務)が設けられていましたが、厚生労働省は2024年4月以降、原則としてBCPが策定済みであることを前提とした運用に移行すると明記しています。
つまり、BCP未策定のまま介護報酬を請求することは制度上認められない前提となり、今後、実地指導などにおいても策定状況が確認される可能性があります。災害や感染症発生時にも業務が継続できるよう、速やかに体制を整備することが求められます。

薬局BCPと一般企業BCPの違い
薬局BCPと一般企業BCPの間にはどのような違いがあるのでしょうか。
災害時にすべき業務の量
一般企業は、災害時に事業の一部が停止したり縮小したりするため、平常時より業務量が減少します。これは、顧客や取引先の活動が制限され、求められる業務が少なくなるからです。
一方、薬局を含む医療機関では状況が異なります。災害時には患者数の増加や医薬品の供給が求められ、業務量が通常時より大幅に増加します。特に負傷者への対応や、緊急医薬品の供給といった災害時特有の業務が加わるため、薬局BCPではこれらを見越した準備が必要です。
業務活動範囲の規模
一般企業では、主に自社内や取引先に限定される対応が一般的です。一方、薬局は地域医療を支える役割を担うため、地域住民全体が対象となります。災害時には、かかりつけ患者以外の来訪者や近隣の住民にも対応する必要があり、医薬品の不足や患者情報の共有といった課題が発生します。
また、他の薬局や医療機関、災害拠点病院との連携が求められるため、事前の協力体制が不可欠です。これらの理由から、薬局BCPには広範囲な対応策が盛り込まれます。
薬局BCPの作成方法
続いて、薬局BCPの作成方法を見ていきましょう。東京都におけるBCP作成を例に解説します。
被害状況の想定を行う
はじめに、薬局の立地を踏まえた被害状況の想定を行います。薬局の周辺で大規模な災害が発生しうる場所を考えます。例えば、東京都が想定している地震は以下の4つです。
- ●東京湾北部地震
- ●多摩直下地震
- ●元禄型関東地震
- ●立川断層帯地震
上記のいずれもマグニチュード7以上を想定した大規模な地震です。これらが発生した際に、薬局がどのような影響を受けるのか考えなければなりません。具体的には、以下の項目について被害を想定します。
- ●各種ライフライン
- ●交通機関・道路状況
- ●近隣医療機関が受ける被害
実際に起こった際にどのような事象が起こるのかを想定しましょう。
災害時の優先業務を定める
災害が発生したら、限られた資源や人手で業務を継続しなければなりません。そのため、重要な業務を優先的に行う必要があります。以下のステップで優先順位をつけましょう。
- 1.日常業務の整理
- まず、普段の業務内容を整理します。医薬品の調剤や発注といった基本的な業務に加え、学会や地域行事への参加、学生の受入など不定期に生じる業務もあります。
- 2.応急業務の把握
- 災害時にのみ発生する応急業務にはどのようなものがあるのか把握します。患者や従業員の安否確認、近隣医療機関への連絡、医療救護所への薬剤師派遣などがあります。
- 3.優先順位の決定
- 日常業務と応急業務の両方から、災害時に欠かせない業務を選定します。
優先順位をつけることで、被害が起こった際にも迷わず行動を起こせます。
業務に必要な資源を把握する
続いて、優先順位の高い業務を行うにはどのような資源が必要なのか考えます。以下の4つの観点から必要資源を把握しましょう。
- ■ヒト
- 薬剤師、医療事務員など
- ■モノ
- 電子天秤、冷蔵庫、医薬品、薬包紙など
- ■情報
- 患者の薬歴など
- ■ライフライン
- 電気、インターネットなど
例えば、医療救護所に薬剤師を派遣する際は、人材だけでなく医薬品や調剤に使う器具が必要となるでしょう。また、電子天秤は電気がないと動かないため、電気も業務資源の1つとして数えます。
優先業務ごとの評価・対策を行う
次は、優先業務について評価と対策を行います。想定される被害を考え、その対策を検討しましょう。例えば、レセコンは地震によって落下して故障する可能性があります。この被害を防ぐには、機器を固定するなどの対策が必要です。
また、道路が使えなくなり、医薬品の供給を受けられなくなるリスクもあります。これに備えて、最低3日分の医薬品を常備しておくなどの対策が必要です。このように、優先業務に必要なすべての資源について被害と対策を考えましょう。
業務継続目標を定める
最後に、優先業務を災害直後からどのように復旧・継続するのか定めます。災害から時間が経過するにつれ、ライフラインも整い、可能な活動範囲が広がるでしょう。それらを踏まえて、いつまでにどの程度の業務を実現させるのか想定します。
その際に考えなければならないのは、業務を遂行する代替手段です。例えば、電子機器類が使えないのであれば手作業で遂行する必要があるでしょう。具体的には、手書きによる薬袋の作成や、薬包紙を用いた手分包などが考えられます。このような手段・方策をすべての優先業務について定めましょう。
薬局BCPの雛形・テンプレート
BCPを一から作成するのは大変ですが、公的機関が提供する薬局向けBCPの雛形やテンプレートを活用すれば、効率的かつ実用的に策定が進みます。ここでは2種類の雛形を紹介し、それぞれの特徴や活用方法を解説します。
サイバー攻撃対策に活用できるBCP雛形(日本薬剤師会)
厚生労働省の通知にもとづき、日本薬剤師会が「サイバーインシデント発生時事業継続計画(BCP)の 薬局向け雛形」を公開しています。
この雛形は、薬局がサイバー攻撃を受けた場合でも、患者対応や介護報酬請求などの重要業務を継続できるようにするための具体的な項目を網羅しています。チェックリスト形式で構成されており、該当箇所に記入していくだけで、自薬局の状況に合わせたBCPを策定できるのが特徴です。主な項目は以下のとおりです。
- ●業務停止による影響の想定
- ●サイバー攻撃時の初動対応と通報ルール
- ●代替手段(バックアップ・紙記録・FAXなど)の確認
- ●BCP責任者の選任と教育体制の構築
- ●定期的なBCPの見直し方法
参考:サイバーインシデント発生時事業継続計画(BCP)の 薬局向け雛形|日本薬剤師会
自然災害にも対応できるBCPテンプレート(東京都保健医療局)
日本薬剤師会の雛形は主にサイバー攻撃への対応に特化していますが、自然災害や感染症など、幅広いリスクに備えるBCPもあわせて整備しておくことが重要です。こうした多様な事態に対応するための資料として、東京都保健医療局が公開している薬局向けBCP策定テンプレートがあります。
このテンプレートでは、災害時にも薬剤の供給や服薬指導といった基本業務を継続するために、必要な事項を整理できるよう構成されており、BCPの策定にはじめて取り組む薬局でも使いやすい内容になっています。主な内容は以下のとおりです。
- ●想定される被害と業務への影響の整理
- ●災害時に優先して行うべき業務の明確化
- ●人員・備蓄・インフラなど必要資源の把握
- ●業務が継続できない場合の代替手段の検討
- ●連絡体制や役割分担の確認・明記
このテンプレートは東京都が提供しているものですが、内容は全国の薬局でも応用可能です。また、記入・編集ができるWord形式のファイルも提供されており、自薬局の状況にあわせてカスタマイズしやすくなっています。
参考:薬局における事業継続計画(BCP)の策定について |東京都保健医療局
BCP対策システムの活用もおすすめ
BCP対策システムとは、事業継続計画(BCP)の策定や実行を支援するシステムで、薬局においても非常に有用です。災害時に薬局が医療機能を維持するためのリスク評価や事業影響分析、データ保全、従業員の安否確認などを効率的に行う機能が備わっています。
BCP対策システムを導入すると、患者の薬歴や在庫情報をリアルタイムで把握でき、必要な情報の迅速な共有が可能です。また、システムには災害シミュレーション機能が含まれているケースが多く、災害時の対応を事前にテストすることで計画の実効性を確認できます。例えば、大規模停電時にどのように医薬品を保管・供給するか、交通機関が停止した場合にどう患者へ対応するかをシミュレーションして備えることが可能です。
以下の記事では、おすすめのBCP対策システムを特徴別に分類して比較しています。選び方も解説しているため、ぜひご覧ください。
まとめ
薬局のBCPは、災害時に地域医療を維持するための重要な計画です。医薬品供給や患者対応といった医療機関特有の役割を果たすためには、被害想定や優先業務の設定、資源の把握が欠かせません。また、近隣の医療機関との連携を事前に構築することも重要です。
BCP対策システムを活用することで、情報共有や緊急対応を効率化できるため、システムの導入も検討してみましょう。一括資料請求を利用すれば、複数製品の特徴や料金を効率的に確認できるため、導入検討の第一歩としておすすめです。
