登壇者プロフィール
日本マイクロソフト株式会社
セキュリティビジネス本部 本部長
冨士野 光則氏
日系大手電気メーカーに新卒で入社後、東南アジアエリアでERPを軸とした海外営業に従事し、2012年に日本マイクロソフト株式会社入社。一貫して Microsoft 365/Office 365のマーケティングに従事し、現在は日本のセキュリティ事業の責任者としてお客様のデジタルトランスフォーメーションをセキュリティ面から支援。
中外製薬株式会社
上席執行役員 デジタルトランスフォーメーションユニット長
志済 聡子氏
1986年 日本アイ・ビー・エム株式会社入社。官公庁システム事業部、ソフトウエア事業部等で部長を歴任後、IBM Corporation (NY) に出向。帰国後、執行役員として公共事業部長、セキュリティー事業本部長等を歴任。
2019年中外製薬に入社し、デジタル・IT統轄部門長。2022年より現職。
DXをしてわかったこと
中外製薬株式会社 志済 聡子氏(以下、志済):
じつは、製薬企業はDXに特化できる産業だと思っています。弊社は創薬に非常に力を入れていますが、新薬は着想してから世の中に出すまで15年、16年という長い年月がかかります。さらに、そのコストや期間も年々増加している。このような非効率を解消することは全ての製薬会社の課題です。その解決にチャレンジするという戦略とDXは、非常にマッチしていると思っています。
また製薬会社には、例えば取り扱うデータがゲノム情報や臨床試験データなど、非常に膨大でユニークであるという特徴があります。通常の企業では取り扱わないような「人」に関わるデータをいかにセキュアに取り扱うかという意味で、情報産業としての特質も持っています。この2つの観点から、製薬会社はDXに向いていると思っています。
日本マイクロソフト株式会社 冨士野 光則氏(以下、冨士野):
製薬業イコール情報業でもあるというお話に、非常に深く納得いたしました。その視点で考えますと、製造業の企業様にとっては製品の設計書が機密情報なのかもしれません。レストランを営んでいる方であれば、商品のレシピも同じような位置づけになるのかもしれません。あらゆる企業様が、じつは情報業と置き換えることができるのではないかと思いました。
志済:
企業によって重要な情報は異なりますし、DXを行う目的も違うと思います。大切なのは、何のためにDXを行うのかということを、トップとしっかり握ったうえで施策を行うことです。そうしなければ社員は腹落ちしないのです。腹落ち感が出てくると、実施するプログラムへの反応が返ってくるようになり、参加してもらえたり、何か新しい取り組みがスタートしたりするという動きが出てきます。DXが一丁目一番地であるからこそ、できるのかなと思いますね。
冨士野:
DXを経営戦略としてどう位置づければ腹落ちできるのか、ということに悩まれている企業様は多いように思います。志済様は、ITソリューションを提供する立場で仕事をされた経歴をお持ちですが、だからこそ実際に企業に入ってDXを進める際に見えてくる課題もあるのではないでしょうか。
志済:
ベンダーは、ITやDXに関する知識があるのが当たり前ですが、ユーザー企業はそうではない場合があります。ベンダー企業の言っていることが理解できないといったことに悩まれる企業様も多いですし、ITのことをわかる役員がいないという状況もあるわけです。そういう意味では、私が行うことに対して信頼し、賛同してくれたトップや同僚に感謝しています。
本当に中小企業にDXは必要なのか
志済:
中小企業にDXは必要です。必要ないわけがないと私は思っています。なぜなら中小企業は中小企業という業界の中にいるわけではなく、会社の大小に関わらずある特定の業界にいて、顧客もいます。刻々と変わっていく市場の中で、中小企業だから対応する必要はない、ということは100%ないと思っていますし、顧客の変容についていかなければ顧客に訴求できず、競争優位性を発揮できなくなってしまいます。
また、社員の働き方が大きく変わっていく中で、「自分たちは小さい企業なので」と言って働く環境に対する投資を怠ると、社員は会社に魅力を感じなくなります。お客様や社員のためにも、中小企業も自社の行動変容を起こしていくことが必要だと思います。
もう1つ、多くの中小企業は大手企業のサプライチェーンであるなど、大企業と連携関係にあることが多いと思います。その場合、大企業が求めていることに対してしっかりとスピード感を持って適応できないと、自社の競争優位性を落としてしまうことにつながります。
冨士野:
まさにその通りですね。対策をきちんと行っている大手企業にはセキュリティ攻撃ができないため、比較的手軽な中小企業をまず攻撃し、そこから大企業に入って情報を取るというサプライチェーン攻撃が日常的に行われています。
志済:
私たちの業界でもヒヤリハットの連続です。ウイルスはサプライチェーンから侵入してくるケースが多く、その結果、ランサムウェアが発生するということを非常に多く聞きますね。取引先からみれば、そのようなリスクがある企業とは取引したくないということになりかねませんので、企業の規模に関わらず、セキュリティ対策やDXを進めることはとても重要だと思います。
コロナ禍になり、働き方やコミュニケーションのスタイルが非常に変わりました。弊社でも2年前は、役員はあまりTeamsなどを使っていませんでしたが、今は使うことが当たり前になり、働き方もハイブリッドになって、リテラシーもどんどん上がっています。そのような環境を企業としていかに提供するのかということが、DXを進めるうえで重要ですし、そのスピード感や取り組みが他社との差別化につながるのではないでしょうか。
冨士野:
コロナ禍前後で中小企業様の経営はそれぞれに変化したように思います。経営的に苦しくなった企業様もあれば、事業を継続しながら改革して業績を伸ばしている企業様もいらっしゃいます。ITの観点で違いがあるとすれば、企業情報をデータ化してDXに取り組もう、働き方を変えていこう、と取り組まれている企業様とそうではない企業様とではやはり少し差が出ているように感じています。
中小企業がもっと盛り上がることで日本が元気になっていくと思いますので、企業の皆さまにはぜひデジタル化を進めていただきたいと思っていますし、私たちももっと頑張らなければ、と考えています。
志済:
弊社ではクラウド環境が当たり前になったので、次に統制をかけて全社で回していくような、しっかりとした基準を作っていくことが大事になってきています。今は、情報システム部門では、ガイドラインを作り、共通部分の設計やプロビジョニングのシステムに統制をかけていくことに注力しています。クラウド環境が会社のスタンダードになっていくことに、企業として対応していくことがとても重要だと思います。
また、蓄積されてきたデータをデータウェアハウスとして全社で利活用していくことも、重要です。解析を行うなど、データをどういう仕組みでどう扱うのかという検証を少しずつ増やしていくことに取り組んでいます。
具体的に何をすれば良いのか
志済:
弊社では、組織風土改革を行ってきました。データサイエンティストやデジタルのアイデアを自分で発想できるようなリーダーなど、人財育成のためのアカデミーや社員のデジタルのアイデアを集めるしくみ、そしてIT基盤としてのクラウド、こういったものを回しながら組織風土改革を起こし、さらにDXを推進できるようなチームにしていきたいと思います。
DXを行うことになった当初は、DXが社員にとって自分ごとになっていませんでした。自分ごと化するためには、やはりまずビジョン、次に戦略、そして基盤が必要です。全員が、なるほど!と腹落ちするビジョンが必要であり、デジタル戦略推進部のメンバーや、最終的には社長や役員にも検討してもらい、「CHUGAI DIGITAL VISION」を策定しました。その翌年に、会社全体の新成長戦略である「TOP I 2030」が、前年までのDXの成功・推進方針を反映した形で発表されました。
TOP I 2030の中のキードライバーの1つがDXということで、会社全体の新成長戦略の中に埋め込まれたというのが、全社的に推進するうえで非常に大きかったと思います。ことあるごとに、みんなでビジョンを共有していますし、社内イントラにも頻繁に出てくるといった感じになっています。
冨士野:
経営者の方から「サービスが良さそうなのはわかった。ただ、入れてどれだけ儲かるねん」といった話をよくいただきます。当然ながら中小企業の経営者の皆さまは、売り上げを伸ばすことに投資を集中させたいという思いをお持ちです。そのような場合、私たちもベンダーの立場から投資対効果を紹介いたしますが、DXを進めるにあたり、志済様はどのように経営者の方を説得し、社内を取りまとめ推進してこられたのでしょうか。
志済:
売り上げに直結することがベストだとは思いますが、一方でDXを進めることで、人の生産性の向上や働き方の変化、効率化につながります。働く現場の悩みを解決することにつながるのではないでしょうか。
弊社でDXを推進することになったときに、開口一番手を挙げてくれたのは製薬本部です。工場での生産には膨大な間接業務があり、この業務がなかなか効率化できずにいました。工場では2人1組で作業のチェックを現場でするため、コロナ禍でも工場に出社しなければ業務を遂行できない。そのような非効率な状況をなんとかしたい、という思いが現場にあったのだと思います。
こうした現場の業務をデジタル化によって変えていけないか、リモートで作業指示やチェックができるようになれば働き方を変えられるのではないかということで、最初に1つの工場でWave1としてスタートしました。
弊社では、新しい製品ができて工場の生産ラインが増えると要員も増やさざるを得ない。これをDXの導入で作業計画の最適化を行い、極力人員を増やすことなく効率的化できるように取り組んできました。ウェブ1の取り組みが10月に終わりまして、その結果が良いので、10月からウェブ2として残りの工場に展開するという計画になっています。
冨士野:
まさか工場のお話から聞かせていただけるとは思っていませんでした。DXについては、どうしても先入観で効率化できる業務とできない業務に分け、営業企画系はリモートできるが工場や現場系はリモート化、DX化は難しいという声をいただきます。しかし、まさにDXは現場にあり!で、志済様は工場のDXから始められた。このお話は中小企業の皆さまに非常に勇気を与える事例であり、メッセージだと思います。
志済:
製造に関わるところはより効率化できる部分も多いですし、どの業態、中小企業あるいは大企業においても、そういうところのボトルネックを少しずつ外すことによって、社員の人たちが働き方を変えていくことにもつながっていくのではないかと思いますね。
DXを実現するには
冨士野:
なぜDXが必要なのかを私の観点でお話すれば、企業の規模を問わずデータを資産化し管理することは、すごく強力な武器になるのではないかと思っています。
1つの事例をご紹介します。お土産屋さんを経営されている中小企業の方が、天気に応じて売れ筋の商品が変わることに気づき、その日の天気予報に応じて売上が伸びる商品を分析し1番棚で販売するということに取り組まれました。結果、見事に売上を向上させたんですね。これはあくまでも一例ですが、データを活用することは、あらゆる企業様にとって武器になるのではないかと思っています。
DXでは、データとデータをつなぎ合わせ、データシナジーを生み出していくといったことが重要になります。そういった取り組みをしていただく第一歩として、弊社Microsoft365のようなクラウドサービスをご利用いただくことが、皆さまのきっかけになればなと思っております。
志済:
Microsoft365は、使い始めると止まらないみたいなところがあり、難しくない製品ですね。例えばTeamsは単なるテレビ会議ではなくいろいろなコラボレーションができ、ファイルをシェアしたり、チャンネルを作ってチャットで会話したりすることができます。若い人たちはメールではなく、Teamsのチャット機能を頻繁に使っていますね。そうやって使用を重ねることで、リテラシーがかなり上がったと思います。ITツールは、面白いからやってみようといった発想で使うといいですね。
冨士野:
志済様のお話にあった、コミュニケーションの文化がどんどん変わっているというのは本当にその通りだと思っています。実際にご利用いただいている中小企業の皆さまからは、社内のコミュニケーションが変わり、みんなが活性化し元気になったという、ありがたいお声もいただきますので、参考にしていただければと思います。
志済:
ITツールに好奇心を持っている若い人たちに対して、いろいろな機会を提供することによってDXを行ううえでの基本的なリテラシーが上がってくれると思っています。もちろんAIなど高度なDXもありますが、まず足回りをしっかりできなければDXの発想にはならないので。そういう意味では、足元とは言いながらも、いろいろなリクエストが毎回来て、使い方を変えていったり、使うユーザーを増やしていったりというのができているのではと思います。
おわりに
冨士野:
弊社は、今後もお客様に寄り添うという姿勢を大切にして業務を行ってまいりますので、皆さま、引き続きよろしくお願いいたします。本当にありがとうございました。
志済:
本日の「中小企業に、DXは本当に必要か」というテーマは何を話したらいいのかと、すごくドキドキしていたのですが、やっぱり私の信条として、会社の規模じゃないよねっていうことがあります。
問題は知恵ですよね。どんな知恵を使って、少ない人数でもワクワクした仕事ができるのか、社員が本当に喜んでいる状況を生み出せるのか。そういうことを考え実践し、市場で勝つ、取引先と良好な関係を作っていくということを中小企業の皆さんこそ虎視眈々と狙い、目指していただきたいと思っています。ありがとうございます。
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