投資判断の基本的な考え方
ITに関係なく、投資判断を定量的に行うためには、投資の意思決定会計の知識が必要です。ここではその基本的な考え方について説明します。
投資の成果はインプットとアウトプットの差で判断する
基本的に、投資の成果はインプットとアウトプットを比較し、インプットよりアウトプットが大きければ投資は成功と判断され、逆にインプットよりアウトプットが小されければ失敗と判断します。
そう考えると、投資の有効性判断は簡単だと思われるかもしれません。しかし、何をインプットとみなし、何をアウトプットとみなすのかを正確に把握することは簡単なことではないのです。
インプットとは
まずは、投資判断におけるインプットとはなんなのか、確認しましょう。
投資判断におけるインプットは、投資に必要な投資額のことです。投資額のほとんどは、初期投資として最初に実行に移されますが、保守費用であれば、毎年必要になるかもしれません。インプットでは、これらの全ての費用を含める必要があります。
アウトプットとは
投資判断におけるアウトプットは、投資によって得られるキャッシュフロー(以下CF)のことです。投資によって、人件費が削減できる、生産性が向上する、といった指標が重要視されることがありますが、それでは正しくアウトプットを把握することはできません。
人件費の削減や生産性向上により、どれだけのCFが生み出されるのかについて、正しく求める必要があるのです。
一般的に、導入した設備やシステムが動き続ける限りキャッシュフローを生み出します。このため、アウトプットは、複数年度にまたがって把握する必要がある点に難しさがあるといえるでしょう。
リスクも考慮に入れて判断する
特にアウトプットの場合、将来にわたって発生するであろうCFを正しく認識しなければなりません。しかし、経済情勢や為替状況などの影響を多分に受けやすい投資の場合、投資判断は慎重にならざるを得ません。多くの場合、このようなリスクを考慮に入れて、CFを低く見積もったり、複数のケースを想定してCFを算出して比較したりします。
実際に使われる投資の判断指標
実際に使われている投資の判断指標は複数あります。その根底には、インプットとアウトプットの比較がありますが、計算を簡便にしたり、複数の観点から投資の有効性を判断したりするために、判断指標は複数あります。ここでは、一般的な判断指標について説明します。
定量的な判断指標1.正味現在価値法
投資判断の際に使われる、最も一般的で正確な判断指標です。投資額(インプット)と、各年度に得られるであろうCFの合計(アウトプット)をそれぞれ算出し、その数値を比較することで、投資の意思決定を判断します。
アウトプットとなるCFの値を正確に把握するために、貨幣の時間的価値を考慮に入れる場合もあります。今手元にある100円と、1年後に入手できるかもしれない100円の価値を比較すると、当然、手元にある100円のほうが価値は高いはずです。このような時間的な価値を考慮に入れてCF値を算出する場合もあります。
定量的な判断指標2.回収期間法
回収期間法は、投資額を何年で回収できるのかを重要視します。投資は必ず回収できるという前提に立って、回収期間を算出し、それを企業で定められた回収期間と比較することで投資判断を行います。
たとえば、企業で定められた回収期間が5年と定められていれば、投資を実行に移すための回収期間は5年未満になる必要があります。
定性的な判断
投資の有効性は、客観性を排除してできる限り定量的数値データにより判断することが求められます。しかし、定量的な要因だけを重視していると、経営戦略との整合性が図れなかったり、短期的な視点に陥りやすくなったりします。
IT投資を実行に移す前に一度立ち止まり、定性的な判断も加えるようにするとよいでしょう。特に、従業員の満足度を向上させるテレワークのようなIT投資は、そもそも数値的な投資の有効性判断が難しいため、定性的に判断をせざるを得ません。
従業員の満足度向上が企業の定着率向上を実現し、長期的な成長を維持できるといった価値を判断基準に、投資の意思決定をする必要があるのです。
企業におけるIT投資の現状
それでは、企業のIT投資はどのような状況なのでしょうか。公開されているデータから、国内のIT投資の動向や課題について確認していきます。
国内IT投資動向調査報告書2020から分かること
国内のIT投資動向は、増加傾向を維持しているものの、その勢いに陰りも見え始めてきました。2020年度に向けて、大幅な予算増額を予定している企業の比率も減少傾向にあります。その一方で、デジタル変革を企業の重要課題と位置づけ、デジタル技術を活用した新たな収益源の確保や、デジタル人材の確保への投資が活発化している傾向が見て取れます。
今後は、新型コロナウイルス感染症の拡大を受け、デジタル化が加速度的に進展する可能性があります。変化する需要や社会環境に柔軟に対応するための解決策として、デジタル化を目的としたIT投資が競争力を左右する要因になってくる可能性があります。
参考:国内IT投資動向調査報告書2020| ITR
中小企業のIT投資動向
中小企業のIT投資動向も確認しておきましょう。2018年度版中小企業白書によると、中小企業において十分に利用されているITツールとしては、オフィスソフトや電子メールの比率が高く、IT化が進んでいるとはいえない状況となっています。
その一方で、ITツールを積極的に活用している企業の労働生産性が向上しているというデータもあり、今後は中小企業もITツールを積極的に導入し、競争力を高めていくことが必要になってくるといえそうです。
参考:2018年版 中小企業白書|中小企業庁
ケーススタディからIT投資の成否を考える
それでは、実際にITシステムを導入する場合、どのような点に着目して投資の有効性を判断すればよいのでしょうか。ここでは、一般的なITツールごとに着目点や注意点について説明します。
RPAを導入するケース
RPAは、従来は従業員がやっていた仕事を、ロボットに代行させるためのソフトウェアです。投資の判断基準に沿って考えると、RPAの導入により、ロボットが仕事を代行して生産性が向上する、というだけでは投資判断としては十分ではありません。どれだけのCFが生み出されるのかという点に着目する必要があります。
RPAの導入により、従業員を解雇するのであれば、解雇した人件費分だけCFが生み出されます。しかし、従業員を実際に解雇することは容易ではないでしょう。業員の解雇ができない場合は、従業員が新たな価値を生み出して、企業の売上を増加させなければCFは生み出されません。
RPAの導入判断は、従業員の削減・生産性向上といった聞こえの良いうたい文句に、踊らされすぎないようにしましょう。
SFAを導入するケース
営業活動を支援するSFAは、営業の現場での導入が進んできました。競合先がSFAを導入したので、わが社もSFAをと、安易にIT投資に踏み切る場合もあるでしょう。投資の判断基準に沿って考えると、SFAの導入効果が営業担当の業務効率化だけだと十分ではありません。
残業代の抑制というメリットもありますが、売上が増加しないと意味あるIT投資であるとはいえないのです。
SFAを導入するのであれば、外部的な需要の増加は考慮に入れず、営業一人ひとりの売上を増加させる必要があります。成約の確立が高い見込み客の見える化や、成果を上げている営業のノウハウ共有など、営業の成果が上がりやすい機能を使いこなすことが求められるでしょう。
Web会議システムを導入するケース
新型コロナウイルス感染症の拡大をうけて、加速度的に在宅勤務に切り替える企業が増えています。国の要請を受けて、定性的な判断でWeb会議システムの導入に踏み切る場合もあるかもしれません。それでも、できる限り定量的な要素も判断に加えることが求められます。
たとえば、Web会議システムを導入することで、従業員の移動時間や交通費を削減することが期待できるはずです。交通費の削減はダイレクトにCFを生み出します。
ただ、在宅勤務に必要なシステムに答えはなく、高価なシステムを導入すれば安心できるといえるものでもありません。定量的な効果に、定性的な判断も加え、自社の実情に沿った在宅勤務システムを導入する必要があるのです。
価値あるIT投資を実行に移すために
効果の高いITシステムの導入は簡単なことでありません。生産性向上や競争力強化をうたい文句とする流行りのITシステムを導入しても、そのほとんどは失敗することになるでしょう。
経営戦略や現場の課題を明らかにして、本当に自社に必要なITシステムの導入を検討し、その有効性をできる限り定量的に判断することが求められます。価値あるIT投資を実行に移すのであれば、IT投資により生み出される「価値」を正しく認識し、評価する必要があるのです。