安全配慮義務とは
安全配慮義務とは、従業員が心身の健康と安全を確保しながら安心して職場で働けるよう、企業が必要な措置・手段を講じることです。労働契約法第5条においてその旨が明記されており、企業が措置を怠ると法律により責任を追及されます。
労働災害や長時間労働による怪我や病気を防ぐには、それらを実現できる職場環境の構築が必要です。そのためにも企業は安全配慮義務を怠ることなく、労働時間や設備の適切な管理に努めなければなりません。
なお、安全衛生管理体制の整備も企業に課された義務です。企業規模に準じて作業環境管理を行なう安全衛生推進者や作業管理を行なう作業責任者などの設置が求められます。
安全配慮義務を果たすための方法
企業が安全配慮義務を果たすにはどのようにすれば良いでしょうか。3つの方法を見ていきましょう。
1.過重労働を防止する体制を構築する
まず、長時間労働を防ぐ体制を構築しなければいけません。具体的な構築方法を紹介します。
労働時間の管理を徹底する
労働基準法第36条では、時間外及び休日の労働時間の限度を1ケ月45時間としています。繁忙期により限度時間が一時的に超える場合、36協定で「特別条項」をつけるケースもあります。この場合、月45時間の残業が1年のうち6ケ月を超えてはいけません。
このように法律で制限されているにも関わらず、時間外労働が月100時間を超え過労死や過労自殺につながる事例が後を絶ちません。このような事態を避けるためにも労働時間の管理を徹底し、過重労働を防止する仕組みを企業が構築しなければいけません。
労働時間の管理方法はタイムカードが代表的ですが、この方法だと全ての従業員の労働時間を正確に把握できません。定時に打刻しても残業を持ち帰っていたり、直行直帰していたりする従業員も中にはいます。企業は従業員の労働時間を正確に管理するため、労働実態の把握に努めてください。
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従業員全員に健康診断を受けてもらう
企業は一般従業員に対して入社時とその後1~2年ごとに健康診断を、特定業務に就く従業員には特殊検診を受けさせなければいけません。結果に異常が見られれば医師の意見に従い、配置転換や労働時間の短縮といった措置を講じる必要があります。
なお、従業員数が50名以上の企業はストレスチェックの実施が厚生労働省により義務化されています。ストレスを定期的にチェックして従業員にその結果を通知し、本人がその緩和を図りながら軽減に努められるようにするための制度です。
2.安全衛生教育や装置の設置・点検を行う
業務中の事故や怪我を未然に防ぐには、従業員の危機管理に対する意識が重要になります。機械の操作手順や取り扱う製品の原材料といった、実務に関する安全衛生教育を定期的に実施して従業員の意識向上に努めましょう。
これにより、実務に慣れてしまった従業員も気を引き締めて業務に臨めます。そして、従業員が自発的に安全衛生対策に取り組めるようになります。なにより、実務に携わる従業員でないと職場内の危険個所には気付けません。
滑りやすい場所にマットを敷いたり、危険な箇所に囲いをしたりといった取り組みを従業員が自発的にできるようになれば、実情に沿う安全配慮義務の対策を施すことが可能です。
3.ハラスメントを防止する取り組みを行う
過重労働やストレス、事故・怪我の防止策だけでなく、ハラスメントを防止する取り組みも非常に重要です。ここからは、ハラスメント防止とその対策に関する具体的な取り組みを2つ紹介します。
アサーティブコミュニケーション研修を実施する
業務を円滑に進めるためには、ミスを指摘したり頼まれごとを断ったりと、「言いにくいこと」を相手に伝えなければいけません。相手の状況を考えずに業務を押し付けたり、逆に理不尽な要求に応えていたりするとハラスメントに発展する可能性が高いです。
こういったハラスメントを防止する対策として、アサーティブコミュニケーションの研修を実施しましょう。アサーティブコミュニケーションとは、相手の立場や心情を尊重しながらも自分の意見を素直に伝えるスキルのことです。従業員一人ひとりがアサーティブコミュニケーションを心がければ、ハラスメントが起きにくい職場環境が実現します。
社内ルールを整備し円滑なコミュニケーションを行う
コミュニケーションがうまくとれておらず誤解が生じると、ハラスメントへ発展することがあります。相手の人となりを理解していればこのような事態を防げたかもしれません。なお、コミュニケーションがとれている職場は人間関係が良好な場合が多いです。
そこで、ハラスメントを防ぐため社内ルールの整備に努めてください。挨拶を徹底したり、フリーアドレスを導入したりと、コミュニケーションの活性化に繋がる取り組みを実施しましょう。従業員間の距離が縮まれば、おのずとその人柄がわかるものです。組織ぐるみで風通しの良い職場をつくり、ハラスメントとは無縁の環境を構築しましょう。
安全配慮義務違反の基準と企業責任
労災や過労死が起きた場合、まず、それらと安全配慮義務違反の因果関係が問われます。そして、因果関係が認められた場合、以下を基準に企業が安全配慮義務に違反したかが判断されます。
- ■企業が事故や従業員の過労死を予測できたか
- ■事故や従業員の過労死に繋がる原因を企業が回避できたか
上記のいずれかに該当すれば企業は安全配慮義務違反を問われ、以下の責任を追及されます。
- ■民法715条の使用者責任
- ■民法709条の不法行為責任
- ■民法415条の債務不履行
企業の安全配慮義務違反が認められれば、多額の損害賠償が発生するだけでは終わりません。公的機関から厳しい取り締まりを受け、社会的信用までも失ってしまいます。
安全配慮義務違反に関する判例と対応方法
安全配慮義務に違反した過去の判例はあるのでしょうか。実際の判例と、事前の対応方法をそれぞれ見ていきましょう。
過労死ラインを超える労働を行わせたケース
半年間の時間外労働の月の平均が70~80時間、または直近1ケ月で100時間を超えると過労死認定の基準である「過労死ライン」に該当します。実際に、役職の重責を担いながら毎月70時間超の残業を強いられていた従業員に対して裁判所は企業に安全配慮義務違反の責任を問い、損害賠償の支払いを命じています。
従業員から過重・長時間労働による安全配慮義務違反を主張された場合の対応方法は以下のとおりです。
- 1.社内調査の実施
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- ■勤務状況を確認し、6ケ月間の平均残業時間を確認
- ■精神、身体疾患を発症した場合、仕事以外に疾患を発症する原因があったかを確認
- 2.社内調査実施後の対応
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- ■因果関係を確認→就業不能期間中の休業補償等の話し合いをし、再発防止に取り組む
- ■因果関係を確認できない→請求に応じられないことを文書で伝える
社員間でセクハラ・パワハラが発生したケース
職場でセクハラ・パワハラといったハラスメントが発生し、企業が適切な対応を怠ったことにより、損害賠償を命じられた判例です。
- セクハラによる損害賠償請求
- 飲み会で上司に身体を触られ、拒否したら「クビにするぞ」と脅されます。従業員は体調を崩し、休職しました。医師からは「心因反応」と診断されています。裁判所は賠償金の支払いを企業に命じています。
- パワハラによる損害賠償請求
- 上司の行き過ぎた叱責により従業員がうつ病を発症します。裁判所は企業に損害賠償の支払いを命じました。
ハラスメントによる安全配慮義務違反を従業員から主張された際の対応方法は以下のとおりです。
- 1.社内調査の実施
- 被害者・加害者双方にヒアリングを実施。
- 2.社内調査後の対応
-
- ■ハラスメントの事実を確認
- 治療費や慰謝料などの話し合いをし、再発防止に取り組む
- ■ハラスメントの事実を確認できない
- 事実確認がとれないため、請求には応えられない旨を伝える
職場で労災事故が発生したケース
労働災害事故を防止するための措置を怠ったとして責任を追及される例も少なくありません。たとえば、高所での作業中に転落し後遺障害を負ったケースで、裁判所は損害賠償の支払いを命じました。転落防止のための安全帯の支給や装着の確認を雇用主が怠ったとし、安全配慮義務違反と判断したものです。
労災事故で安全配慮義務違反を主張された際の対応方法は以下のとおりです。
- 1.社内調査の実施
事情聴取を関係各所へ速やかに行う。以下の事項を確認する。
- ■事故の内容や経緯
- ■企業の落ち度の有無
- ■従業員の落ち度の有無
- ■他の従業員の関与について
現場を撮影し、保管する。
労働基準監督署や警察へ対応。
- 2.社内調査後の対応
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- 因果関係を確認(従業員の落ち度なし)
- 就業不能期間中の休業補償等の話し合いをし、再発防止に取り組む
- 因果関係を確認(従業員の落ち度あり)
- 落ち度に応じ、損害賠償の減額交渉を行う
- 因果関係を確認できない
- 請求に応じられない旨を従業員側へ伝える
安全配慮義務について正しく理解し、対応しよう!
安全配慮義務とは、従業員の心身の健康と安全を確保し、安心して働けるよう企業が措置・手段を講じる義務です。具体的な方法は以下のとおりです。
- ■過重労働防止体制の構築
- ■安全衛生教育や装置の設置・点検の実施
- ■ハラスメント防止に取り組む
義務を怠ると民法により責任を追及されます。複数の企業が安全配慮義務を怠り、損害賠償を命じられています。こうならないよう、安全配慮義務を正しく理解し、適切な措置を講じましょう。