給与計算を始める前に
まずは給与計算の基本的な仕組みについて理解しておきましょう。基本的な仕組みをまず頭に入れておけば、複雑に見える計算手順もすんなりと頭に入ってきます。
給与計算の基本構造の理解
給与計算の基本的な仕組みは、以下の計算式で表すことができます。
総支給額−控除額=差引支給額(手取り額)
それぞれの言葉の意味を簡単に整理すると、以下のようになります。
- 総支給額:
- 基本給に残業代などの各種手当てをプラスした金額のこと
- 控除額:
- 税金と社会保険料のこと(会社によって親睦会費などの特別な項目を設けていることもあります)
- 差引支給額:
- 実際に従業員の銀行口座に振り込む金額のこと
例えば20万円の総支給額から、控除額3万円を引いて、手取り額17万円を銀行口座に振り込むというのが、給与計算の基本的な仕組みです。
事前準備の確認
従業員の給与が、毎月大きく変動するということはあまりありません。そのため、給与計算では「前月の内容をベースに、今月変更しないといけないことはないか」をチェックしていくスタンスで作業をしていくのが基本になります。このチェックを正しく行うために、以下のような書類を手元に準備しましょう。
- 従業員の最新の家族構成が分かるもの(扶養控除等異動申告書)
- タイムカードなど実際の勤務時間が分かるもの
- 源泉徴収税額表(最新年度分:国税庁のホームページで確認できます)
- 住民税特別徴収税額の通知書(市役所から届きます)
- 社会保険料の納付書(日本年金機構から届きます)
これらの書類があれば、「総支給額」と「控除額」の金額を正しく計算することが可能になります。
給与計算の方法を学ぼう!
書類の準備ができたら、いよいよ給与計算の具体的な計算にとりかかりましょう。給与計算の手順を一覧にすると以下のようになります。
- 1.勤務時間の集計
- 2 .時間外手当の計算
- 3.各種手当の計算
- 4.総支給額の計算
- -
- 5.住民税の計算
- 6.社会保険料の計算
- 7.源泉所得税の計算
- 8.その他控除の計算
- 9.控除額の計算
- -
- 10.差引支給額の計算
1〜4で「総支給額」の計算を行い、5〜9で「控除額」の計算を行うことになります。最後に10で「差引支給額」を計算して給与計算は完了します。
以下、それぞれの項目について順番に見ていきましょう。
なお、給与形態は月給で説明を進めていきます。また、時給制のアルバイトについては少し注意が必要なため、注意点もあわせて解説しています。
1.勤務時間の集計
まずはタイムカードを見て、勤務時間を集計します。ここでみるべきなのは残業時間が何時間あるかです。例えば、定時が9時〜18時の会社であれば、これ以外の時間帯でタイムカードに記録されている時間数は残業時間に該当します。残業時間に対しては、時間外手当を通常の給与よりも割増で支払わなくてはなりません。
また、法定休日となっている日に出勤した場合には、勤務したすべての時間数が残業時間扱いになります。例えば、法定休日の日に9時〜18時まで出社したのであれば、残業時間数は9時間です。
2.時間外手当の計算
タイムカードを集計して残業時間が発生していることがわかったら、今度は時間外手当ての計算を行います。残業時間に該当する労働時間には、すべて割増の賃金を支払う必要があります。
時間外手当は以下の計算式によって計算します。
時間外手当=労働時間×1時間あたりの賃金×割増率
- 労働時間:
- 残業や休日、深夜労働した時間
- 1時間あたりの賃金:
- (月給)÷(1ヶ月の所定労働時間)の計算で算出
- 割増率:
- 残業25%以上、月60時間以上の残業50%、休日出勤35%、深夜労働25%以上
なお、これらは労働基準法という法律で決まっている「最低限のルール」ですので、会社がこれを上回る条件(労働者に有利な条件)を定めている場合には、その上回る条件を適用しなくてはなりません。これらのルールは就業規則に記載されているはずですので、確認するようにしましょう。
3.各種手当の計算
従業員の給料には、上で計算する基本給や時間外手当に加えて、各種の「手当」が含まれることがあります。具体的には、通勤手当や家族手当、皆勤手当などがよく見られます。
手当の計算にあたっては、その手当が「所得税の課税対象外となるか」が重要です。交通機関の利用は月150,000円までが課税対象外、自動車などの場合は距離によって4,100円から31,600円までが課税対象外というように、上限が決まっているので注意してください。
家族手当や皆勤手当といった手当ては、会社ごとに独自のルールが決まっています。就業規則に計算ルールが記載されていますので、確認しましょう。
4.総支給額の計算
1〜3までの計算が完了したら、これらをすべて合算して「総支給額」を計算します。以下の計算式に当てはめれば問題ありません。
基本給+時間外手当+各種手当=総支給額
5.住民税の計算
ここからは「総支給額」から差し引きする「控除額」の計算を行っていきます。控除額とは、簡単にいえば「税金と社会保険料」のことです。
以下のような項目を従業員の給料から天引きし、会社が代わりに役所に納める仕組みとなっています。
- 税金=住民税+所得税
- 社会保険料=健康保険料+厚生年金保険料+雇用保険料
それぞれの項目の計算方法を見ていきましょう。
まず5.住民税についてですが、これは市役所が計算をして金額を通知してくれますので、企業側が計算することはありません。毎年5月31日までに、会社に「住民税の決定通知書」が届きますので、そこに記載されている「住民税特別徴収額」を毎月の給与から天引きし、納付日までに納付書を使って納めましょう。
なお、住民税の「特別徴収」というのは、簡単に言えば「給料から天引きで納めます」という意味です。自分で市役所に納付書を持って行って納める場合には、「普通徴収」といいます。
6.社会保険料の計算
次に、社会保険料の計算を行います。給与計算で扱う社会保険料は以下の3つに分かれます。
健康保険料と厚生年金保険料は、毎月日本年金機構から送られてくる「社会保険料の納入通知書」を元に金額を天引きすれば問題ありません。もっとも、日本年金機構からこの通知書を送ってもらうためには、毎年7月10日までに行う「社会保険料の算定基礎届」の手続きが完了している必要があります。
社会保険料の算定基礎届では、毎年4月・5月・6月の平均給与額(標準報酬月額)から毎月収める保険料を計算して届出ます。
また、雇用保険についても毎年7月10日までに行う「年度更新」の手続きが完了している必要があります。雇用保険料については毎月納付ではなく、1年分を一括して納めます。ただし、従業員が負担する分については毎月の給料から天引きします。
社会保険料の納付方法についてまとめると以下のようになります。
- 健康保険料・厚生年金保険料:毎月納める
- 雇用保険料:1年に1回納める。ただし、従業員負担分は毎月天引きしておく
雇用保険料は、毎月の従業員分を天引きして、12ヶ月分をまとめて7月に払うというイメージになります。
なお、給与から天引きする雇用保険料の計算は以下のように行います。
総支給額×雇用保険料率=雇用保険料
雇用保険料率は変更になる可能性があるので、厚生労働省のホームページで最新年度分を確認しましょう。2020年2月現在、労働者負担の雇用保険料率は1000分の3です。事業主負担分(1000分の6)を一緒に天引きしてしまわないように注意してください。
参考:
雇用保険料率について |厚生労働省
7.源泉所得税の計算
次に、源泉所得税の計算を行います。源泉所得税というのは、簡単にいえば所得税のことです。
住民税を天引きで納めるときに「徴収税額」といったように、所得税も天引きで納める時は「源泉」所得税と呼びます。(所得の源泉=給与から直接納めるという意味です)
源泉所得税の計算は、国税庁のホームページで確認できる「源泉徴収税額表」に、従業員の「社会保険料を天引きした後の給与額」と「扶養親族の数」をあてはめて計算します。
扶養親族は所得38万円以下の配偶者と、満16歳以上で所得38万円以下の親族の人数です。16歳未満の親族は含めないので注意してください。例えば、月給50万円で天引きした社会保険料の合計額が8万円の人であれば、「社会保険料を天引きした後の給与額」は42万円です。この人に専業主婦の配偶者と収入のない16歳以上の子供が2人いたとすると、「扶養親族の数」は3人になります。
これらの情報を「源泉徴収税額表」に当てはめると、源泉所得税額は8,530円と計算できます(令和2年の場合)
参考:
平成31年(2019年)分 源泉徴収税額表|国税庁
8.その他控除の計算
その他控除は、会社独自で決めています。代表的なものは社宅利用費や親睦会費などです。就業規則をもとに計算しましょう。
9.控除額の計算
5〜8で計算した各控除額を合算すると、「総支給額」から差し引きする「控除額」が計算できます。
住民税+社会保険料+源泉所得税+その他控除=控除額
10.差引支給額の計算
最後に、1〜4で計算した「総支給額」から、5〜9で計算した「控除額」を差し引きして、「差引支給額」を計算しましょう。計算式にすると以下のようになります。
総支給額−控除額=差引支給額
この差引支給額を従業員の銀行口座に振り込みし、それぞれの計算金額を明示した給与明細を渡せば、給与計算の業務は完了です。誰にいくらの給与を払ったか?はすべてデータとして残す必要がありますので注意しておきましょう(このデータのことを賃金台帳と呼びます)
アルバイトの給与計算
ここまでは、月給制の正社員である従業員を想定して給与計算の手順を解説してきました。以下ではアルバイトの給与計算についても見ておきましょう。
アルバイトの多くは時給制なので、基本的には単純に時給に勤務時間を掛け算して総支給額を計算すれば問題ありません。ただし、アルバイトといえども残業代の計算については正社員とルールは同じです。労働基準法上では、正社員とアルバイトという区別はありません。
タイムカードをみるときには「1ヶ月あたりの合計労働時間」でまとめて計算するのではなく、1日ずつ残業時間が発生していないかをチェックしていくことが必要です。
例えば、月に5日間で20時間働いているとしたら、そのまま日割りで「1日あたり4時間」と計算してしまうと、残業手当の未払いなどの間違いに繋がります。「月曜日は定時通り、火曜日は定時より1時間少ない、水曜日は残業時間が2時間…」というように、必ず1日ごとに残業時間の発生がないかチェックするようにしてください。
給与計算における作業リスク
ここまで、給与計算の具体的な方法について解説してきました。法律のルールに従って毎月正しく計算を行うことができれば問題ありませんが、人間が行う作業ですのでミスが生じてしまうリスクも考えられます。
ここで認識しておくべきリスクとは、以下の2つです。
いずれのリスクも、最悪のケースでは訴訟や労働基準監督署による是正勧告につながる恐れがあります。それぞれのリスクの具体的内容について見ていきましょう。
情報漏洩の危険
給与計算業務で扱う情報には、従業員の個人情報が多く含まれます。個人情報を扱う事業者に対しては、個人情報保護法という法律が適用されます。以前は「個人情報を5000件以上持つ事業者」だけが個人情報保護法の適用対象となっていましたが、法改正が行われた2017年5月以降は「1件でも個人情報を取り扱っている事業者」であれば個人情報保護法が適用されます。
個人情報保護法に違反して従業員の個人情報を外部に漏洩させた場合には、漏洩させた従業員に対しては「6ヶ月以下の懲役、または30万円以下の罰金」が、その従業員を雇用している会社に対しては「30万円以下の罰金」が科せられる可能性があります。
もちろん、金額的には大きな問題ではなかったとしても、刑事罰を受けた履歴はずっと残りますから、深刻な事態を招く可能性があります。また、個人情報を漏洩された従業員の側から、発生した損害に対しての損害賠償請求が行われることもあります。例えば、漏洩した情報に基づいて不正にクレジットカードを使われてしまったような場合には、発生した損害額を賠償する義務を負う可能性があります。
計算ミスによる労務的、税務的問題
給与計算業務は、従業員が納めるべき所得税・住民税・社会保険料の金額の計算を行う業務に他なりません。そのため、給与計算業務に誤りがあれば、後から数年分をまとめて請求されるとともに、追徴課税などの形でペナルティを課せられる可能性もあります。具体的には、税務署による税務調査や、労働基準監督署による立ち入り調査などが行われるリスクを負うこととなります。
また、計算間違いが指摘された際に発生する修正作業にはぼう大な労力が必要なとることもありますから、細心の注意が必要です。
正しい給与計算を効率よく行おう!
今回は、企業の経理担当者が知っておくべき給与計算の方法について、具体的な計算手順と注意点を解説いたしました。給与計算は、基本的な計算の仕組み(総支給額−控除額=差引支給額)を理解した上で、手順通りに処理を行なっていけば、大きなミスが生じることはありません。
ただし、従業員数が多く、給与計算にかかる業務負担が大きい場合には、情報漏洩や労務的税務的なリスクが生じることも理解しておく必要があります。給与計算ソフトの導入などを通じて、これらのリスクを避けるための対策を講じておくことも検討してみてください。
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