労務リスクとは
労務リスクとは労働問題が発生するリスクのことです。具体的にはハラスメントや残業代未払い、不当解雇などの問題が生じるリスクを言います。これらの問題が悪化した結果、損害賠償請求などを通して企業の存続が危ぶまれる事態になる例もあるため侮れません。
労務リスクを回避するには、コンプライアンスの遵守が不可欠です。しかし、多くの人が関わる企業において、コンプライアンス違反を完全に排除するのは現実的に困難でしょう。つまり、どのような企業にとっても労務リスクで多大な損害を被る可能性はゼロではないということです。
そのため、近年では労務リスクマネジメントが企業の人事において重要な課題であるという認識が定着しつつあります。
労務リスクの種類
労務リスクには、具体的にどのようなものがあるのでしょうか。代表的な6つを紹介します。
長時間労働と残業代未払いに関するリスク
日本は欧米と比較して労働時間が長いと言われて久しいですが、未だに長時間労働の問題は解決していません。そして、長時間労働の大きな原因の1つがサービス残業です。国内における残業代の未払い額は年間およそ100億円にも上ると言われています。
しかし、サービス残業は36協定や労働基準法において制限されています。従業員が残業をしたら、企業は必ずその分の賃金を支払わなければなりません。
つまり、従業員にサービス残業を強いると、後でサービス残業分の支払いを請求される可能性があるのです。通常どおり払わなかったがために、後にまとめて膨大な残業代を請求されることになれば、企業の経営に甚大な影響を及ぼします。そのときに無事払えたとしても、残業代を出さない企業として社会的信頼が大きく損なわれるでしょう。
労働契約に関するリスク
労働契約について、いくつかのルールが労働契約法や労働基準法で定められています。これらの法律を守らないと、以下のような問題が生じるリスクがあります。
- ■従業員と企業の間に認識の相違が生じる
- ■従業員区分が曖昧なせいで賞与や退職金の支払額が多くなる
- ■想定外の事態に対応できない
さらに、これらの問題が生じた際、従業員を安易に解雇できない点にも注意が必要です。裁判になれば、仮に勝訴しても多くのお金と時間を無駄にするため、企業にとっては何のメリットもありません。
労働災害に関するリスク
安全管理を疎かにした場合、労働災害が発生する可能性があります。従業員が怪我や病気、死亡した場合には、企業は以下のような損失を被ります。
- ■人材の損失
- ■保険料の支払
- ■負傷者や遺族からの損害賠償請求
- ■社会的信用の損失
これらの損害を避けたいからといって労災隠しを行えば、さらに大きなリスクにつながるでしょう。リスクを避けるには、あらかじめ従業員が安全に業務に従事できる環境を整えるしかありません。
ハラスメントやメンタルヘルスに関するリスク
パワハラやセクハラ、モラハラを始めとしたハラスメントや、それに伴う従業員のメンタルヘルス不調は大きな社会問題となっています。自社でこれらの事態が発生した場合、以下のような損失が生じます。
ハラスメントは、被害者の主観的な苦痛が重視されるため、対策が難しい問題です。しかし、ハラスメントに対する社会の目は年々厳しくなっています。この問題を軽んじていると甚大な損失につながりかねません。
ハラスメントに関する相談窓口の設置や制度の策定、従業員への周知など企業でできることはたくさんあります。さまざまな取組を通じてリスクヘッジを図りましょう。
解雇・リストラに関するリスク
解雇・リストラは従業員の人生に大きな影響を及ぼします。その分、トラブルが発生しやすい分野と言えます。訴訟問題に発展する例も少なくありません。
特に、正当な理由なく解雇した場合は敗訴する可能性も高いです。解雇に正当な理由があるか、解雇予告は適切に行ったかなど、できるだけリスクの少ない方法を採らなければなりません。
情報漏洩に関するリスク
個人情報の適切な管理は企業の義務です。顧客や利害関係者の情報はもちろんですが、自社の従業員の個人情報も厳重に管理しなければなりません。万が一情報が漏洩すれば、社会的信頼を失するうえ多額の損害賠償を請求されることがあります。
個人情報の定義や管理方法は、改正個人情報保護法で定められています。この法律に沿った形で管理しましょう。
労務リスクへの対策方法
ここまで紹介してきたような労務リスクを減らすにはどうすれば良いのでしょうか。対策方法を3つ紹介します。
就業規則を明確に定める
就業規則とは、労働条件や労働者が守るべき規則を記したものです。これを作成・周知することで企業は労務リスクを回避できます。なぜなら、就業規則が不合理なものでない限り、その内容は従業員が知らなくても有効だからです。
たとえば、企業が従業員を解雇する場合、その理由として就業規則に記載されているルールを挙げれば、それは正当な解雇となります。逆に、解雇する条件が就業規則に書かれていなければ、どんな理由で解雇しても不当解雇だと主張されかねません。あらかじめ就業規則にルールを書いておくと、いざというときに企業の身を守る盾となります。
雇用慣行賠償責任保険を利用する
雇用慣行賠償責任保険とは、ハラスメントや不当解雇で企業が従業員から訴訟された際に身を守る保険です。パワハラ保険、セクハラ保険といった俗称で呼ばれることもあります。
近年、大企業だけでなく中小企業による活用も進んでいます。以下の業種を中心に、あらゆる業種の企業で利用されています。
- ■小売業
- ■運輸業/旅行代理店
- ■製造業
- ■ハイテク産業
- ■金融機関
- ■マスコミ
- ■娯楽産業
- ■エネルギー産業
- ■医療機関
- ■ホテル/レストラン
- ■専門職事業
- ■建設/エンジニアリング
- ■人材派遣業
- ■化学/製薬
相談窓口を設ける
労務上のトラブルが生じた際、最初の対応でその後の流れは大きく変わります。適切な初動をとるために、専門家への相談窓口を用意しておきましょう。弁護士など、いざというときにすぐ相談できる相手がいれば、リスクを最小限に抑えられます。
また、従業員向けの相談窓口も用意しておく必要があります。基本的に従業員が何かに悩んだ際、相談できる相手は上司になるでしょう。しかし、パワハラやセクハラなどはむしろ上司が加害者である可能性もあります。その時、別の相談窓口があれば問題が悪化する前に対処可能です。
訴訟された際の備えをするのも重要ですが、そうなる前にトラブルの芽を摘むことが大切だと考え、体制を整備しましょう。
労務リスクを効率的に回避するポイント
これまで見てきたように、労務リスクもそれらへの対策方法も多岐にわたります。何から着手すれば良いのか分からない人も多いでしょう。そこで、次は効率的に労務リスク管理を行うポイントを3点紹介します。
資格取得や研修で労務管理への理解を深める
人事や総務に関する研修で学習したり、資格を取得したりすれば、適切なリスクマネジメントが可能になります。代表的な資格をいくつか見てみましょう。
- 【衛生管理者】
- 職場環境の整備や労災防止を目的とした国家資格です。総務・人事職の人が持つべき基本的な資格として知られています。
- 【産業カウンセラー】
- 受験資格も試験内容も厳しい反面、これを取得すれば職場におけるメンタルケアの専門家として認められます。
- 【メンタルヘルス・マネジメント検定】
- メンタルヘルス対策の意義や重要性から、企業における具体的な体制整備までを学べる資格です。
- 【ビジネスキャリア検定】
- 人事に限らず、ビジネスにおける多様なスキルを評価する資格です。
- 【キャリアコンサルタント】
- 従業員からのキャリアアップに関する相談に対し、適切な支援をするための知識・技能を学びます。
- 【マイナンバー検定試験】
- マイナンバー管理に関する資格です。適切な情報管理を学べます。
周りとのコミュニケーションを密接に取る
労務リスクの大半は、日頃から社内で適切なコミュニケーションをとって信頼関係を築けば防げます。
仮に発生しても、安心して相談できる場所があるだけで、大きな問題になる前に芽を摘めます。労災も、従業員が危険を感じる点を社内で共有できていれば対策を検討できるはずです。さらに、残業代未払い問題は、企業が従業員に誠実な態度をとってさえいればそもそも生じません。
しかし、社内でコミュニケーションを深めるには、具体的にどうすれば良いのか分からない人も多いでしょう。その場合は、ひとまず上司が部下を気にかけ、異変がないか観察し、積極的に会話を試みることから始めましょう。一度信頼関係を築ければ、何かあった際に部下のほうからも伝えてくれるようになるはずです。
労務管理システムを活用する
上述した2つのポイントは、どちらも労務担当者にとって大きな負担となります。ほかにもやるべきことが多く、そこまで手が回らない人も多いでしょう。
そこで活用したいのが労務管理システムです。これは、人事情報管理や勤怠管理など、労務管理を支援する機能を備えたITツールです。
労務管理システムで雑務を効率化できれば、労務リスクを回避するための活動にも注力できます。限られた労力で適切なリスクマネジメントを実施するために、システムの利用も視野に入れると良いでしょう。
労務管理システムを活用してリスクを未然に防ごう
労務リスクとは以下のような点で問題が生じるリスクのことです。
- ■残業代未払い
- ■労働契約
- ■労働災害
- ■メンタルヘルス不調
- ■解雇
- ■情報漏洩
上記の問題に対処するには以下の方法があります。
- ■就業規則の策定
- ■雇用慣行賠償責任保険の利用
- ■相談窓口の設置
また、労務リスク対策の効率化方法は以下のとおりです。
- ■資格取得などの学習
- ■社内コミュニケーションの促進
- ■労務管理システムの活用
以上を踏まえてリスクに備えましょう。