組織におけるエンゲージメントとは?
最近、人事領域においてエンゲージメントという言葉がもてはやされています。エンゲージメントは英語で「契約」「婚約」「約束」「取り組み」など、文脈によってさまざまな使われ方があります。一方で日本語ではエンゲージメントに当たる言葉が存在しません。
そのため人事領域においても、エンゲージメントの意味や定義が人によって異なるという実態があります。
そこでまずはエンゲージメントの定義について考えてみましょう。
エンゲージメントとは
エンゲージメントは2004年にオランダのショーフェリ教授がはじめて「ワーク・エンゲージメント」という言葉を人事領域において定義しました。ショーフェリ教授の論文によれば、ワーク・エンゲージメントとは「仕事に関連するポジティブで充実した心理状態であり、活力、熱意、没頭によって特徴づけられるもの」と定義されていいます。
簡単にいえば、働く人自身がその仕事が好きで、自ら没頭し達成責任を担っている状態といえるでしょう。
モチベーションやロイヤリティ、従業員満足度(ES)との違い
同じような文脈で使われている言葉として、モチベーションとロイヤリティ、従業員満足度(ES)があります。
モチベーションは日本語では「動機付け」と訳され、ロイヤリティは「忠誠」と訳されます。モチベーションは古くから研究され、近年では「ワーク・モチベーション」として定義されています。
ワーク・モチベーション
ワーク・モチベーションとは「組織や仕事に関連した目標に向かい、高い水準で努力することの意思や心理的プロセスであり、それにより働く人が何らかの欲求を満たそうとすること」です。つまりモチベーションは、働く人が金銭欲や承認欲求を満たすために高い水準で努力する意志を意味します。
モチベーションは時に「会社は嫌いだけどお金はほしい」といった場合に高まることもあります。モチベーションの高まりには、必ずしも会社や仕事が好きではない場合も含まれます。
ロイヤリティと従業員満足度
ロイヤリティは会社への「忠誠」を意味し、従業員が会社に貢献するという意味合いが強いです。
同様に似たような言葉に従業員満足度(ES)があります。従業員満足度はその名前のとおり、従業員が職場環境や仕事に満足しているかどうかを示す言葉です。単に満足しているかどうかを示しているため、従業員の仕事の取り組み姿勢ややりがいを示したものではありません。
一方でエンゲージメントは働く人が「自主的に」会社や仕事を好きな状態です。つまり、エンゲージメントは働く人が中心の視点であり、「仕事をしたいと積極的に考える自主的な状態」という点でモチベーションやロイヤリティと大きく異なります。
エンゲージメントの効果と事例
では、エンゲージメントは組織にどんな影響を及ぼすのでしょうか。エンゲージメントを高めた際の効果と、エンゲージメントが低い場合の事例をご紹介します。
離職率の低下や生産性の向上につながる
エンゲージメントは「働く人が自主的に働きたい」と考える状態です。エンゲージメントが高まるということは、従業員が「もっとこの会社や仕事で働きたい」と考えている状態と定義できます。
従業員が「もっと働きたい」「仕事が大好きだ」という状態にあれば、一般的に従業員が離職するリスクは低くなるでしょう。また、積極的に従業員が「自ら進んで」働くため、組織の生産性が高まるはずです。
あらゆるコストを抑えられる
エンゲージメントの向上によって組織の生産性が高まれば、あらゆるコストを下げることが可能です。
人件費の抑制
エンゲージメント向上による最大のメリットは人件費の削減です。お金を報酬として支給することは当然ですが、実はお金はある程度までしか働く動機付けにならないことが研究で判明しています。
エンゲージメントが高い状態は「自ら進んで働く状態」ですので、給料がそこまで高くなくても十分に働いてもらえる可能性が高くなります。報酬をお金ではなく、仕事でのやりがいにするのです。そうすれば人件費を抑制することも可能でしょう。
人材獲得コストの削減
最近では社員が会社の口コミサイトに、自社の良い点や悪い点などを投稿できるようになりました。社員のエンゲージメントが高まれば、良い口コミを投稿してくれる可能性が高く、口コミを見た求職者が求人に応募してくれる可能性が高まります。
それだけでなく社員が本当に会社や仕事が好きであれば、家族や友人・知人に一緒に働くことを勧める可能性も高まります。このように、エンゲージメントが高まれば採用費をはじめとする人材獲得のコストを削減できるメリットがあります。
このように、エンゲージメントが高まれば、組織の生産性も高まるだけでなく人件費や採用費など人に関わるコストが削減され、結果的に会社の利益率が向上することが予想されるのです。
エンゲージメントが低い組織の例
ここで従業員のエンゲージメントが低い企業の事例を紹介します。
あるIT企業は成長市場にいるにも関わらず、近年は売上高が横ばいの状態が続いています。創業から10年ほどは利益率が20%を超えていましたが、創業者が引退した創業20年頃を境に利益率が低下し始めました。離職も増え始め、最近では中途採用を積極的に行っても数年で社員が辞めてしまう状況が続いています。
そこで組織調査をしたところ「自社に誇りを持てない」「仕事にやりがいを持てない」と答える社員が半数以上に上りました。
このように、エンゲージメントの低下を放置すると実際に売上や利益を中長期的に圧迫します。そのため、なるべく早く手を打つことが必要なのです。
エンゲージメントの測定方法
エンゲージメントは、さまざまな要素から構成されます。しかも企業によって、エンゲージメントに影響する変数が大きく異なります。ではどうすればエンゲージメントを測定するこができるのでしょうか。
エンゲージメントサーベイを活用する
最も簡単な方法はエンゲージメントサーベイを活用することです。HRテックの進化により、簡単にエンゲージメントを測定できるようになりました。
エンゲージメントは、仕事のやりがい、会社の方針、組織文化や上司との関係など、あらゆる変数から影響を受けます。
こうした各変数どうしの相関関係を明らかにして、エンゲージメントに最も影響を与えている変数を探るには、高度な統計的な知識とスキルが必要です。また、データの分析にあたってはExcelの統計分析だけでは難しく、専用の統計ソフトが必要になる場合もあります。
エンゲージメントサーベイであれば、こうした専門的な知識やスキルが不要で、分析も簡単にできるでしょう。最近では多くのエンゲージメントサーベイがクラウド型の月額課金制で利用可能です。サービスによっては、一人当たり月500円程度から利用することもできます。
手っ取り早くエンゲージメントを測定したいのであれば、エンゲージメントサーベイを活用しましょう。
エンゲージメントサーベイの新たな潮流「パルスサーベイ」
エンゲージメントサーベイの中でも最近注目されているのがパルスサーベイです。パルスサーベイとは、10問程度の少ない質問を1週間~1か月の短い単位で繰り返すことでエンゲージメントの変化を測定する方法です。
先ほどもお伝えしたように、エンゲージメントはあらゆる変数の影響を受けます。上司に叱られただけでもエンゲージメントは低下しますし、思っていたよりも給料が多くもらえたといったことでもエンゲージメントは変化します。
パルスサーベイを用いると、エンゲージメントによく影響を与えている変数を明らかにすることができます。また、従業員の状態を週単位や月単位で把握できるため、離職の兆候をいち早くキャッチして対策を打つことも可能になるでしょう。
アメリカではパルスサーベイはHRテックの最前線です。パルスサーベイだけで起業するベンチャー企業もあるほどです。欧米企業ではパルスサーベイの活用が積極的に行われ始めています。日本でもこれから徐々にパルスサーベイをエンゲージメントサーベイとして活用する企業が増えてくるでしょう。
エンゲージメントを高める方法
では、実際にエンゲージメントを高めるにはどうすればよいのでしょうか。
経営課題として取り組む
まず、従業員のエンゲージメント向上を経営課題として認識する必要があります。
エンゲージメントは目に見えず、取り組みづらいと考える方も多いでしょう。しかし、エンゲージメントを向上させることは、確実にコスト削減効果につながります。そのため、経営トップをはじめとする経営陣にエンゲージメントとコスト削減、生産性向上との関係を理解することが最初のステップです。
また、エンゲージメント向上は重要な課題になり得ますが、目に見えないテーマであるため、他の課題と比べて優先度が低くなるおそれがあります。経営陣が旗振り役となって、経営課題として積極的に取り組む必要があるでしょう。
会社の価値観と従業員の価値観を合致させる
従業員が「この会社で働きたい」「この仕事が好きだ」と思うためには、会社の価値観と社員の価値観がマッチすることが非常に重要です。
例えばチームで仕事をすることが好きな従業員に対し、会社が個人プレーを求める社風であれば、価値観が合わずに従業員が離職する可能性が高くなります。そのため採用段階から、本当にその従業員と会社の価値観が合致するかをよく見極める必要があるでしょう。
職場の心理的安全性を高める
従業員が「自ら進んで仕事をする」状態になるためには、従業員が積極的に仕事ができる環境が必要です。
例えば、上司の前で失敗できないと考える社員が多い職場では、挑戦的な社員が減少し新たなアイディアが生まれづらくなります。本来の自分を抑え込む必要のある職場であれば、従業員が自分らしく働けず「自ら進んで」働くことは難しいです。
従業員が自由に自分らしく働くことができる「心理的安全性」が高い職場づくりをしましょう。具体的には失敗に寛容な上司を増やす、従業員同士の雑談が生まれる仕組みをつくるといったことが考えられます。
エンゲージメントが高い会社の例
では実際に、一般的にエンゲージメントが高いとされる企業の事例をご紹介します。
リクルート
多くの方がご存知のように、リクルートでは創業者が残した有名な言葉があります。それは「自ら機会を作り出し、機会によって自らを変えよ」という言葉です。この言葉通り、リクルートに入社する社員は自ら進んで仕事を行います。
リクルートではこの社風を維持するために、NewRINGと呼ばれる手上げ式の新規事業創出プロジェクトを制度化しているほか、上司が部下のキャリアについて真剣に考えるため定期的に面談を行うなどの取り組みを行っています。創業者が残した共通の価値観がエンゲージメントを高めている、興味深い事例といえるでしょう。
スターバックス
全国のスターバックスに足を運ぶと、どのお店のスタッフもにこやかに楽しく仕事をしている様子を見ることができます。時にはスタッフが顧客の体調に合わせてコーヒーをおすすめしてくれることもあります。
スターバックスの接客にはマニュアルがないにも関わらず、アルバイトも含めたスタッフが自ら進んで顧客対応を行っています。スターバックスで働くことが誇り、スターバックスが好き、というスタッフが働くことでさらに「スターバックスで働きたい」という好循環を生み出しています。
キユーピー
マヨネーズで有名なキユーピーは、「マヨネーズが好き」という社員が入社します。入社後には毎年、両親にキユーピーの製品をお歳暮として贈る制度もあります。自社製品を好きな社員が入社するだけでなく、会社自体が従業員とその家族を大切にすることでエンゲージメントが高まっている事例です。
まとめ
エンゲージメントを高めるには企業としてそれなりの覚悟と本気が必要です。社員にいきなり会社や仕事を好きになれ、といっても好きにはなりません。時間をかけて取り組むことがとても重要です。
まずは会社の経営課題としてエンゲージメントに取り組み、従業員に会社の価値観をしっかりと伝えるところから始めていきましょう。