「給与アウトソーシング」普及の背景
給与計算のアウトソーシングは、弁護士や会計士といった外部の専門家に業務をアウトソーシングする文化がある欧米から普及しました。州ごとに税制が異なり、給与計算が複雑になりがちな米国で特に広まりました。
日本でも、大手企業を中心にグループ企業内での給与計算をまとめて行う「シェアードサービス」は早くから存在しました。しかし情報セキュリティの観点から、人事に関わる業務を外部にアウトソースすることに抵抗を感じる企業が多く、給与計算のアウトソーシングは進みませんでした。
しかし2000年以降、企業のコアコンピタンスを活用し、業務の「選択と集中」を進めるという考え方が一般的になります。結果、給与計算もBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)の一環として外注する動きが広まりました。
給与計算アウトソーシングのメリット
給与計算は、勤怠情報や人事情報、各種控除や保険量の差し引きを行い、社員一人ひとりの給与を計算します。期日が限られており、ミスが許されない作業です。
定型業務のために人材を費やすのは非効率的であるため、給与計算をアウトソーシングする企業が増えています。
給与アウトソーシングのメリットは以下の4つのポイントが挙げられます。
- メリット1:コスト削減
- メリット2:法改正への対応がスムーズ
- メリット3:コア業務への集中
- メリット4:属人化のリスクを下げる
最新版の給与計算アウトソーシングや、給与計算アウトソーシングの基本について触れた以下の記事もあわせて参考にしてください。
メリット1:給与アウトソーシングでコスト削減
自社内で作業した場合、経理担当者の人件費のほか、給与計算に不可欠なコンピュータソフトの開発・運用・保守費用などが含まれます。
一方アウトソーシング企業は、複数企業から同様の業務を受注することでスケールメリットを活かし、コストを低減しています。
また、給与計算は毎月必ず発生する業務なので、担当者が退職したり、産休・育休・介護休暇などで不在になったりしても穴をあけるわけにはいきません。そのため、常に人材を待機させておく必要がありますか。
とくに、繁忙期である年末調整の時期などは、一時的にスタッフを増員する必要性も出てくるかもしれません。
アウトソーシングした場合だと、給与計算に関わる費用がすべて外注費用となってあらわれるため、費用の「見える化」にもつながります。
メリット2:法改正への対応がスムーズ
労務関連法規や税制、社会保険の制度は毎年のように変更があります。そのため、人事担当者や経理担当者には専門の知識が必要です。研修のコストをかけて教育している企業も多いでしょう。
また変更に合わせて、給与計算システムをメンテナンスしなければならない場合があります。
法改正などに伴う対応は、後回しにできない作業です。給与アウトソーシングを行うことで対応の負荷や漏れを回避できます。
メリット3:コア業務への集中
中小企業やベンチャー企業などでは、専任の担当者が給与計算をしているというのはまれです。総務・経理担当の社員、もしくは経営者自身がほかの業務を担当しながら給与計算も担当しているというのが実情です。
定型業務をアウトソーシングすることで、社員がコア業務に集中できるようになるため、利益に直結した活動へのフォーカスが可能です。
メリット4:勤怠管理を正確に行う
給与計算をアウトソースするうえでは、給与データ・労務管理データをまとめ、アウトソーシング企業に渡さなくてはいけません。
そのため、残業時間の管理や、労務管理に対する意識が向上し、残業時間の削減や社内コンプライアンスの強化につながります。
事例1.人事業務の効率化!
人事・総務部門の業務は多岐にわたります。社員の異動や退職・昇進・評価などの管理や、新卒・中途採用などの採用活動、社員の給与待遇の決定などがあります。会社や組織内での「人」に関わる業務のすべてが、人事・総務部門の業務といえるでしょう。
「人財」という言葉があるほど、社員は大切な会社の経営資源です。
人事部門は、社員がより働きやすくパフォーマンスを発揮できる環境づくりを目指すべきといえます。
定型業務のアウトソース化で事業体制を強化!
専門商社のA社は、今後10年間の中期経営計画を策定するうえで、人事制度の見直しなどの企画・立案・調整業務を人事部門のコア業務と位置づけます。そのうえで、定型業務をアウトソースする判断を下しました。
現行の業務フローを見直した結果、勤務表チェックなどを含む給与計算業務をアウトソースすることに決定しました。
アウトソーシングにより生じた余剰人員を非生産部門である間接部門から営業部門へ再配置するなど、事業体制の強化につながりました。
事例2.業務フローの統一化
社内業務をアウトソーシングするためには、ある程度業務内容とデータが整理され、標準化されている必要があります。
立ち上げ間もないベンチャー企業や人的資源のとぼしい中小企業などでは、業務フローの策定にまで手がまわらないことが多いものです。
しかし、業務が属人化してしまうと、担当スタッフの急な休職や退職といった事態が発生した際にリカバーできなくなります。給与計算は定型業務ですが、給与の支払いが遅れたり不正確だったりすると、社員や社会的な信用を損ねることにつながるでしょう。たとえ担当スタッフが抜けたからといって、穴をあけるわけにはいきません。
また大手企業の場合、関連会社に同一のサービスを導入することで、グループ社間での定型業務における業務フローの統一化を図れます。
業容拡大に伴い業務フローを標準化し効率アップ
小売業のB社は、店舗数の拡大と社員数の増加にともない、複雑化してきた人事業務を標準化する一方で、定型業務のアウトソーシングに踏み切りました。
その結果、各店舗でおのおの行っていた勤怠管理を本部で一元化し、透明化するとともに業務の効率化を図ることに成功しました。
事例3.年末調整の効率化
紙媒体の申告書・証明書類を多量に取り扱う年末調整の時期は、人事・経理部門の最繁忙期です。毎年この時期は、担当部門における残業の常態化や、派遣・アルバイトスタッフの雇用で一時的に人員補填する場面も多いのではないでしょうか。
年末調整のみをアウトソーシングすることも可能
日本全国に拠点をもつシステム開発会社C社では、年末調整を手作業で行っていました。各拠点の社員がそれぞれ手書きで申告書を作成するため、年末にかけて記入方法に関する問い合わせや提出状況の確認に追われ、本来の業務に支障をきたしていました。
さらに、社会保険制度などは頻繁に改訂されるため、担当者は都度その変更に合わせて社内規定やシステムの修正対応をしなければなりません。
こうしたアップデートに対応するため、年末調整時期は派遣社員を増員して対応していました。
C社は、通常の給与計算はインソースで対応する一方、年末調整のみをアウトソースすることで、年間業務量の平たん化を実現しました。
ミスが起こりやすい企業の給与計算事情
給与計算という業務は総じてミスの発生しやすい作業です。加えて、事業の拡大に伴う社内の変化や、従業員のワークスタイルの多様化により、給与計算のミスの頻度は変わってきます。
まず、事業が拡大してくると計算作業を一人で対応できず、多くの従業員が連携する形で作業を行うケースが出てきます。
それぞれの役割分担がしっかりできていれば問題ないものの、作業分担の境目を共有できていないと、入力漏れが多発してしまいます。
また、事業が次第に大きくなってくると、さまざまなライフステージの従業員を抱える可能性が高くなります。
給与計算は従業員の年齢によって、徴収もしくは免除・終了する保険料に違いがあるのです。
この違いを考慮せずに計算することにより、算出される数字にミスが生じてしまうこともあります。
事業の拡大とともに負担も増大する
給与計算作業は単純作業で対応できる部分もありますが、工数は少なくなく、人員も必要な作業です。そのために、事業が拡大してくると多くの人材を雇い、給与計算を滞りなく終わらせるためにチーム体制を組みます。
そのうえで、チェックリストの導入などを行いながら作業を遂行する必要があります。
当然、事業の拡大とともに然給与計算の対象となる従業員数は増えていき、結果として労務担当者の責任や負担も増大していきます。加えて給与計算には、社会保険や労働法、また所得税や住民税などなど、幅広い知識が求められます。
毎年、健康保険料率・雇用保険料率・厚生年金保険料率が、3月・4月・9月に改定します。改定後の保険料率を考慮し、料率をもってして控除額を決定する必要があるのです。
給与計算を間違うと、従業員にとって重要な給料の支払いを誤ることになります。
給与に関するミスが続くと、管理部門に対する信頼が薄れてしまいます。会社のお金という非常に重要なものを取り扱う管理部門への信頼がないという状況は、組織としてはかなりのリスクです。
反対に管理部門がしっかりしていて、滞りなく給与計算業務ができていることは、組織の信頼感や安心感が強まるといえるかもしれません。
給与計算業務をアウトソースすることで何が解決できる?
給与計算をアウトソーシングすることで解決できるものをいくつか説明しましょう。
まず、人的コストを抑えることが可能です。前述の通り、事業が大きくなってくると給与計算だけに多くの人的リソースが割かれてしまいます。
また、給与計算には関連システムの利用・保守運用などが含まれます。アウトソースすることで、単価の低減が実現できるのも利点です。
次に、法令改正への対応に関して労務部の時間と工数を割く必要がなくなるということもメリットです。
労務関連や社会保険の制度は毎年のように変化するので、それらの変化を理解し社内規定や業務フローに反映していかなければなりません。こういった作業全体を外部委託することで、労務部の人材の時間を多く捻出できます。
管理部門は本来的には、ビジネスにまつわる数字を取りまとめ、抽出されるビジネス案や課題・問題点を経営部と協議していくという役割もあります。
給与計算をアウトソースすることで担当者の時間が捻出でき、正しい経営判断が導き出されるでしょう。
給与計算アウトソーシングの失敗例
給与計算アウトソーシングを導入するうえでは、実際の失敗例について知っておくことが大切です。以下に挙げる失敗例を参考に、自社で同じことが起こらないよう注意しましょう。
失敗例1.勤怠管理システムとうまく連動できない
給与計算をアウトソーシングする場合、出退勤などの勤怠データを決められたデータ形式で提出しなくてはいけません。この際、自社ですでに活用しているデータを転用できないと、新たなシステムを導入しなくてはならなくなります。もしくは、アウトソースするためにデータを作り替えなくてはならなくなるでしょう。
アウトソーシングのために作業が増えるのであれば、いったいなんのために導入するのかわからなくなってしまいます。
また、ERPパッケージシステムなどを利用せずに勤怠管理システムのみを単独で導入した場合、すでに導入している人事まわりのシステムと連携がとれないということもあるでしょう。
給与計算は、各従業員の勤怠や人事評価と深く関連しています。また、給与の支給は企業経営とも密接につながっているため、勤怠管理システムを導入する際は、人事や会計システムとの整合性をとるべきです。
また、これまで出退勤を手書きの勤務簿につけていたという企業などは、アウトソースするためにデータの整備から始めなくてはいけません。その際は、社内システムの変更をどこまで行うか、どうやって従業員に周知徹底していくか、といった導入計画を綿密に立てておかないといけません。まずは、アウトソーシング業者にどこまで権限を委譲(委託)する必要があるのかを明らかにしましょう。
また、勤怠をきちんと記録するには、人事・総務や経理だけでなく、各従業員の協力が欠かせないので、従業員への教育も大切です
失敗例2.勤務体系の多様化に対応できない
IT技術の発展に加え、企業や労働者をとりまくさまざまな社会問題を解決する手段として、在宅勤務が求められています。総務省の「令和3年通信利用動向調査」によると、令和3年時点でテレワークを導入している国内企業は51.9%にまで上昇しています。社員の多様な働き方を認めることで、仕事と育児や介護などを両立できることから、今後もさらにテレワークを導入する企業の規模が拡大すると考えられます。
当然ながら、働き方が柔軟になると、給料体系や勤怠などもそれに合わせていかなくてはいけなくなります。アウトソーシング事業者を選定する場合も、多様な勤務体系に応じたサービスが提供できるかどうかや、変更についてのコストが追加でかかるかどうか確認すべきです。
参考:令和3年通信利用動向調査の結果|総務省
失敗例3.法改正への対応で追加コストが発生した
保険料の利率は毎年のように改正されます。また、社会保障に関する法律が変更されると、保険料の徴収の仕方なども変わってくるでしょう。給与計算の担当者は、こうした法改正にも適宜対応していかなくてはいけません。しかし、人事・総務部門の人員が少ない中小企業などは、社内に税務や労務についての専門知識をもった人材がいない場合もあるでしょう。
そうした場合は月次の給与計算業務だけでなく、労働保険料の申告業務・手続きなどもアウトソーシング業者に委託しましょう。
ただし法律上、労働保険や社会保険の手続きは社労士にしか認められていない独占業務です。そのため、社労士がいないアウトソーシング業者と契約した場合、新たに社労士事務所との契約が必要になります。給与計算業務のアウトソーシングを検討する場合には、こうした先々の法改正なども見据えて、契約業者を選定することが大切です。
給与計算をアウトソーシングして業務改善!
給与計算アウトソーシングのメリットや導入の流れ、注意ポイントなどを関連記事と併せて紹介しました。給与計算をアウトソースすることで、より注力すべきコア業務に従業員を配置できます。見直しを検討中の方は、まずは一度、いくつかのアウトソーシング事業者に相談してみることをおすすめします。