ナレッジマネジメントとは
ナレッジマネジメントとは、従来個人が持っていた暗黙知(ベテランの経験知識や熟練工のスキルなど)を企業内で共有し、新たなイノベーション(技術革新)の促進と生産性の全体的な向上を目指すための管理手法です。
ナレッジマネジメントの考え方
今日のナレッジマネジメントは、著名な経営学者であり一橋大学の名誉教授の野中郁次郎氏が提唱した「知識経営」が基礎となっています。ナレッジマネジメントの考え方において重要なのが「暗黙知」と「形式知」という組織がもつ知識の分類であり、いかに「暗黙知」を「形式知」に変えていくかが鍵となるでしょう。
「暗黙知」と「形式知」とは
組織がもつ知識には以下の2つがあります。
暗黙知
暗黙知とは、個人がもつ蓄積されてきた知識やノウハウ、長年の勘などと言われるものです。暗黙知は言葉や文章で表現しないと「知識」として共有されにくいといった特徴があります。
形式知
形式知とは、言葉や文章で表現された「知識」や、データなどのことです。暗黙知を言葉や文章で表現したものが形式知となり、企業内で活用されます。
暗黙知を形式知化する
暗黙知を「形式知(文章や図表、数式などによって説明・表現できる知識)」へと転換し、組織的に共有できれば、さらに高度な知識を生み出し、組織全体を知的に進化できるというのがナレッジマネジメントの基本的な考え方です。
以下の記事では、暗黙知と形式知について具体例を踏まえて詳しく紹介していますので、ぜひ参考にしてください。
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日本でナレッジマネジメントが広まる理由と背景
野中教授は、伝統的な日本企業では、ベテランの暗黙知がそれぞれの職場で次世代に受け継がれていく企業風土や文化を持っていたと考えており、そうした暗黙知の継承が日本企業の「強み」であったと考えました。
企業のあり方が変化してきた
しかし、こうした継承には膨大な時間がかかります。そして、終身雇用制度の事実上の崩壊、雇用形態の多様化などが進んだ現在では、伝統的な暗黙知の自然継承に任せているだけでは企業全体の知の総和量を維持するのが困難になるでしょう。
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ナレッジマネジメントによって企業の形式知を増やす
もちろん、すべての暗黙知が形式知へと転換できるわけではありません。しかし今日では暗黙知を形式知へと転換するために統計学や人工知能を導入した方法が進化しています。
一部の暗黙知を形式知へと転換・集積することで、労働者の質を短期間に向上させたり、従来は現場でベテランから自然継承されてきた技術の継承を短期化・高密度化させたりと、さまざまな成果がみられるようになりました。
ナレッジマネジメント4つの手法
ナレッジマネジメントには4つの手法があり、組織の中にある膨大な知識の中から抽出された価値ある知識がその手法に活用されます。一つずつ詳しくみていきましょう。
1.経営資本・戦略策定型(増価×集約)
経営資本・戦略策定型は組織内の知識をさまざまな面から分析し、経営戦略に活用させる手法です。主に組織内外の分析をするケースが多く、専用のシステムを導入して分析を行います。
競合他社の分析や自社の事例を多角的に分析し、分析結果にもとづいた戦略的な判断が可能です。この手法を利用して業務プロセスをすべて洗い直し、見直しを図ることで改善ポイントなどを見つけやすくなり、新たに業務プロセスの再検討を行う際にも役立てられます。
2.顧客知識共有型(増価×連携)
顧客優先が第一であり、業務の知識だけではなく、業務プロセスやその先を見据えたプラスアルファの知識を提供する手法です。顧客からの意見やクレーム内容、また、それに対応した方法など、一連の情報をデータベース化しておくと、同様のトラブルが発生した際などは事例にもとづいて迅速な対応や適切な判断をくだせます。
またコールセンター業務においては、ベストな回答プロセスや顧客の問い合わせ内容に応じた最適な対応例などをオペレーター間で共有可能です。問い合わせの内容によっては上司への判断を仰げるシステムも存在し、顧客に対してスムーズな対応を図れます。
顧客知識共有型の手法は部署間でデータベースを共有することで顧客対応の標準化を図れるのがメリットです。これにより顧客満足度の向上を図れるでしょう。
3.ベストプラクティス共有型(改善×集約)
組織の中で規範となるべき優秀な社員の行動や思考を形式知化し、知識として共有し組織全体のスキルの底上げする手法です。思考パターンや行動パターンを形式知化しデータベース化することで、社員のスキル向上を図れます。
例えば、優秀な営業社員の「勝ちパターン」をさまざまな面から分析、形式知化を行うと勝ちパターンを共有でき、他の営業者の営業力向上が実現できます。そして、組織全体の営業力のアップにつなげられるのです。
4.専門知識型(改善×連携)
ネットワークを活用し、組織内外の知識をデータベース化する手法です。組織内でよく質問されることの多い事項をFAQ形式化し、知りたい情報をすぐに入手できます。
ヘルプデスクや情報システム部門などといった、組織内外からの問い合わせが多い部署での問い合わせ業務の軽減や、問い合わせに対応するスピードアップ、応対品質の向上などに役立ちます。
「SECIモデル」で暗黙知を形式知化する
SECI(セキ)モデルとは継続されていく知識創造のプロセスのことです。知識創造のプロセスとは、組織内の暗黙知を形式知に変換し、形式知同士を組み合わせることで新たな形式知が誕生します。
その形式を基に個人が行動することで再び暗黙知が誕生し、それが再び形式知化されていく、といった継続したプロセスを意味します。
共同化(Socialization)
同じ体験を通じて暗黙知の相互理解を図ります。共同化の段階では、個人から個人へ暗黙知の伝達・獲得といった作業を行います。同じ体験をすることで、精神的暗黙知や身体的暗黙知を作り出すことが可能であり、暗黙知は体験を共有しなければ獲得が難しいと言われているため、同じ実体験をすることが大切です。
表出化(Externalization)
表出化では、暗黙知を形式知に変換するプロセスです。暗黙知の形式知化を進めるために、複数人と話し合ったり考えたりすることで形式知化を図り、言葉や文章、図式で表現し形式知へと変換します。
形式知化で大切なのは論理的に話し合い、具体例を盛り込むなど、周囲の理解を深めるための工夫が必要です。
連結化(Combination)
連結化では形式知と他の形式知を連結させることで新たな知識体系を作るプロセスです。形式知単体では組織では機能しないため、形式知同士を組合せ、体系的・総合的な知識を作り出すプロセスが重要です。
連結化は形式知とIT活用を図るなどの、より実践的な取組みが行われます。このプロセスで初めて、個人の暗黙知が組織の知的財産へと変化することになります。
内面化(Internalization)
内面化は新たな知識体系として作られた形式知を共有し、知識として暗黙知化されていくプロセスです。
新たに取り入れられた知識は、経験や認知を通じて新たな暗黙知を生み出します。暗黙知は個人と組織の知的財産となり、再び共同化により他人と暗黙知の共有を図っていく、というプロセスを繰り返していきます。
こちらの記事では、SECIモデルについて活用方法も交えて詳しく紹介していますので、ぜひご覧ください。
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集合知・知を共有するスピードも必要不可欠
IT技術の進展により知の膨大化・細分化が進行している今日では、「全体を俯瞰し、総合的な判断を下す」という「総合知」の重要性も増してきました。迅速な経営スピードが要求される今日の経営では、経営者やトップマネジメントがいかにスピーディーに適切な集合知を手にし、迅速な経営上の判断を下せるかが企業間競争において重要になっています。
また個々の現場においても、社員が企業内に蓄えられた膨大な形式知を必要に応じ、瞬時に引き出せるデータベースの構築などが必要不可欠になりました。
このように暗黙知から形式知への転換、集合知の迅速な集約、集積された知を必要に応じてスピーディーに引き出せる能力は、いずれも今日の企業活動において必要不可欠なものになってきました。これらのニーズに対応できるITシステムが求められるようになっています。
ナレッジマネジメントの具体的手法
ナレッジマネジメントを実施する場合は、どのような手法をとればよいのでしょうか。
エクセルを活用する
企業にとって身近なエクセルは、操作方法がわかりやすくナレッジの入力が簡単であるという利点があります。しかし蓄積されたナレッジをいつでも活用できるよう分析したり共有したりするのは、エクセルでは難しいかもしれません。
ITシステムを活用する
エクセル以外だと、以下のようなITシステムが例としてあげられます。ナレッジマネジメントは企業によって適した方法が異なるため、ファイルサーバで代用する場合や企業内SNSを活用する場合など、さまざまです。
- ●社内の知識を共有するためのデータベース型ファイルサーバ
- ●社内コミュニケーションを円滑にするための企業内SNS
- ●企業内の各部署に分散された知識を効率よく検索するためのエンタープライズサーチ
各企業は自社の実情や特に重要と考えられる知識の共有のために、このようなツールを複合的に取り入れています。また、これらのいくつかの機能に対応した複合型のナレッジマネジメントソリューションとして、専用の「ナレッジマネジメントツール」が提供されています。
ナレッジマネジメントツールについて詳しく知りたい方は、こちらの記事をチェックしてみてください。
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ナレッジマネジメントツール3つのメリット
ここでは、ナレッジマネジメントツールの導入による3つのメリットを解説します。
1.知識をスムーズに収集できる
ナレッジマネジメントツールを導入すると、トップ主導で知識をスムーズに収集できます。SNSやグループウェアなど、知識収集しやすい環境を構築し、部門ごとに勉強会などを開催してナレッジマネジメントの概念を植え付け、有用性を訴えていきましょう。
2.システム連携やサーバ横断ができる
組織内にはたくさんの知識や情報が分散しているうえ、各部署ではそれぞれ違ったシステムが構築されています。そのため情報の形式が異なっており、他部署間における情報の集約や分析、活用が課題になりがちです。
ナレッジマネジメントツールは、システム連携やサーバ横断が可能です。システムの連携を図り、必要なデータをダウンロードしたりデータの統合を行えたりできる製品を選ぶとよいでしょう。
3.個別に最適なナレッジを提供できる
ナレッジマネジメントツールを導入することで、組織内にある膨大な知識から個々に適したナレッジの提供が可能です。
このような個別最適化を実現するには、組織内から収集された膨大な知識を管理、活用するシステムを構築する必要があります。組織内の知識が適切に管理されずにいると、必要、不必要な知識の見極めが難しくなるでしょう。
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ナレッジマネジメントツール導入のメリットとデメリットを徹底解説
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導入する前に確認すべき注意点
ナレッジマネジメントツールの導入には注意すべき点もあります。
現場の人間に操作性を確認してもらう
ナレッジマネジメントツールを積極的に活用するためには、操作性のよさが重要です。操作が難しかったり画面が見にくかったりして使いにくいと、システムを導入しても敬遠されてしまい、最後には使用されなくなる可能性もあります。
優秀な社員がナレッジ提供したくなる仕組みをつくる
企業が重要視するナレッジをもつのは優秀な社員である場合が多く、多忙な中で自分がもつ知識やノウハウを他の社員のために提供することを避けたがる人もいるため、知識の蓄積が進まないという事態になってしまいます。
移動時間にツールを使えるようにタブレットを携帯させたり、過剰な成果主義から脱却して人事評価制度の見直しを行うことが必要です。
自力で思考する重要性もあわせて周知する
ナレッジマネジメントツールの導入後、あらゆる面でマニュアル化を進めてしまうと、考えて行動する機会が減って、次第に自主性や仕事に対するやる気を失わせてしまうリスクがあります。このような事態を防ぐためにも、マニュアル化と並行して自力で思考する力を育てる社員教育が必要でしょう。
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ナレッジマネジメント導入の6つの失敗事例と成功のヒントを解説!
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ナレッジマネジメントを知り業務の最適化を目指そう
技術力やブランド、人材などを無形資産として評価しようとする考えや試みが企業会計の分野にもあります。個人が身につけた、あるいは発見された業務上のノウハウやコツは、組織内に共有され活用されれば、これも企業にとっての無形資産といえるかもしれません。
ナレッジマネジメントは企業が保有する隠れた資産を活用して、全社の生産性を向上させる取り組みです。その実現は簡単ではないかもしれませんが、トップマネジメントにおいてしっかり投資すべき取り組みといえます。
ナレッジ共有をより効率化するために、ナレッジマネジメントツールの導入も検討してみてはいかがでしょうか。以下の記事では、ナレッジマネジメントツールを比較・紹介しています。ぜひ参考にしてください。
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参考: 一橋大学 野中郁次郎 北陸先端科学技術大学院大学
梅本勝博「知識管理から知識経営へ -ナレッジマネジメントの最新動向-」