360度評価とは?
360度評価とは、上司や同僚、部下など立場の異なる複数の関係者を通して対象者を評価する制度です。上司から部下に対する「1対1」の評価ではなく、多方面から複数の視点を通して多面的に評価を行います。
360度評価の狙いと背景
360度評価は元々、米国企業などで能力開発向けに使われていたツールの一つでした。日本では、これまでの終身雇用や年功序列型賃金といった日本独自の雇用制度に代わり、成果主義に基づく人事評価、賃金制度を導入する流れとして360度評価を取り入れる企業が増えています。
その狙いと背景として、以下の2点があります。
- ■公平な評価制度の確立
- 従来の上司による一方的な評価では、一面的な人物評価に陥り、対象者の強みを見落としてしまうケースもあります。このため360度評価のような多面的な評価制度を採用することで、客観性と公平さを保てる評価制度の確立が求められるようになりました。
- ■人材育成の促進
- 対象者を周囲にいる多数の人が評価することで、客観的、公平に人物像を分析し、得意な分野や苦手な分野を見つけて育成につなげていくという狙いがあります。
360度評価の目的とは
人事評価の一般的な目的は、「行動規範の評価と改善」および「人材育成」です。しかしそのほかにも、「適切な人事評価」や「組織間連携の強化」、「エンゲージメント向上」などを目的とする場合もあります。
行動規範の適切な評価と改善
360度評価の主な評価対象となるのが「行動規範」です。行動規範とは行動するうえで守るべき基準や判断のよりどころとなる規定であり、いかにそれを順守できたかが評価の基準となります。
この行動規範は数値的な評価が難しく、さらに上司ひとりですべての行動をチェックすることはできないため、評価結果が不当なものになりがちという問題点があげられるでしょう。
そこで上司の目が届かない行動も正当に評価するために、上司以外の身近な人物による360度評価が用いられます。
人材育成の効果
部下や同僚などさまざまな立場の人物から評価を受けることで、自分がどのように見られていたのか、どのような能力が不足していたのかに気づけます。
特に管理職の場合は、部下を成長させることが役割の一つであり、健全なマネジメントを行うためには部下からの率直な意見が必要不可欠です。
部下からすると、上司に意見するのはとまどうかもしれません。しかし部下からの意見を評価という形で反映させられるのが360度評価のよい点です。部下からの客観的な意見を上司が受け取ることで、上司自身もマネジメント力の見直しを図れます。
適切な人事評価
上司から部下への一方的な評価では、その内容に偏りが生じる可能性が大きくなります。
個人的に親密な付き合いがある相手であれば、評価が甘くなりがちです。反対に愛想のない相手や生意気な態度の相手に対しては厳しい評価を付けてしまいがちでしょう。
立場の異なる複数の人物によって評価することで、偏りのない公平な人事評価を行えます。
従業員の満足度とエンゲージメントの向上
従業員のモチベーションの低下や早期退職に悩む企業が増えています。その原因のひとつとして挙げられるのが「上司への不満」です。
上司のマネジメント方法の改善やマネジメント能力の向上が、従業員の満足度を高め企業の抱える問題解決につながります。その有効な方法として考えられているのが360度評価です。
匿名性の高い360度評価によって、部下は忌憚なく上司を評価できます。その結果、部下にとって満足度が低い上司の問題点を明確にでき、問題解決への足掛かりにできるでしょう。
エンゲージメントに関しては下記の記事で詳しく紹介していますので、こちらも参考にしてください。
360度評価のメリット・デメリット
近年、注目を集めている360度評価ですが、評価制度に完璧なものはなく必ずメリットとデメリットがあります。それらを踏まえたうえで、制度の導入の是非を検討することが大切です。詳しく見ていきましょう。
360度評価のメリット
360度評価のメリットは、下記のものになります。
客観性のある評価を得られる
メリットとしてまず挙げられるのが、客観性です。360度評価で複数人による評価を行うことで、主観による評価の偏りを防げます。
上司からの一方的な評価では、部下は「上司に見る目がない」「あえて低い評価をされているのではないか」と疑いがちです。また役職者になると、他者からの評価を得られにくく、独善に陥ることもあります。その点360度評価は、公平で客観的な評価として受け入れられやすいメリットがあります。
360度評価に基づく評価の気づき
360度評価は自己評価と他者からの評価を比べることで自分の行動を振り返り、業務やマネジメントの改善につなげられます。
結果として、納得のいく客観的な評価により仕事へのモチベーションを保ち、自己の振り返りと気づきで成長を促せるでしょう。
社内の行動指針の浸透と見直し
行動指針を浸透させるうえでも360度評価は有効です。
社員は上司だけでなくほかのスタッフからも評価されるため、そのスタッフたちの目も気にするようになります。常に見られている、評価されているという状態になるため、社内の行動指針を守ろうという意識が高まります。
360度評価のデメリット
360度評価には上述したようなメリットがある一方、デメリットもあります。
評価者によって差がつく
評価者によって、評価内容に大きな差がつくことがあります。360度評価によって上司一人の主観を排除することはできますが、逆にさまざまな評価者の主観が入り込む可能性があります。
例えば、仕事の出来にかかわらず、評価者との間柄や社交的な性格か否かで、評価に差がつく場合もあるでしょう。人事評価業務に慣れていない人物が評価者となることで、評価基準が不明確になり、適切な評価を行えないリスクもあります。
部下・上司に気を使うことが多くなる
360度評価では、部下が上司の評価を行うこともあります。その結果、上司が部下に気を使ってしまい、部下の教育に支障をきたしてしまう可能性も考えられるでしょう。同僚に関しても気を使う場面が多くなり、ストレスをためて人間関係が悪化する恐れもあります。
「談合」の発生危機
談合とは社員同士が話し合って、実態にそぐわない高評価をお互いに付け合うことです。同僚同士が互いに評価者になる特性上、談合が発生する可能性があります。これでは適切に評価をしたことにはなりません。
最終的な評価に至るまで時間がかかる
360度評価は複数の評価者による評価を取りまとめるため、時間も人手もかかってしまいます。また適切な人事評価を行うには、評価者と被評価者の間で馴れ合いにならないようにする仕組み作りも必要です。そのための社員教育が欠かせないため、準備などに時間や労力がかかる点もデメリットでしょう。
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360度評価の評価項目事例
管理職と一般社員では、求められる役割が異なるため、評価項目も変わってきます。参考として、評価項目の一例を紹介します。
管理職の評価項目例
管理職に求められる能力はマネジメントです。いかにマネジメント能力を発揮したかを評価の中心に据えましょう。
リーダーシップ
- ・組織運営についての中長期的なビジョンを持ち、メンバーと共有しているか
- ・顧客や組織、社会に利益をもたらすことを常に考え、先頭に立って行動しているか
組織作り
- ・メンバー全員が目標に沿って行動し、成果を生み出す組織をつくっているか
- ・組織内の連携を改善する仕組みやコミュニケーションの場を設けているか
部下の育成
- ・部下それぞれに適切な目標を設定し、理解させるとともに適切な支援を行っているか
- ・部下の仕事に対し、公正な評価とフィードバックをしているか
自己啓発
- ・自ら成長する努力をしているか
- ・部下の手本となる知識や技術を持っているか
一般社員の評価項目例
管理職以外の一般社員における評価項目は、仕事に必要なスキルや仕事に取り組む姿勢が中心になります。仕事の結果や成果も評価の対象となりますが、結果よりもプロセスを重視して評価を行うようにしましょう。
主体性
- ・上司からの指示を待つのではなく、常に自分で判断し、考えて行動しているか
- ・困難を環境や他人のせいにせず、自分に与えられた課題ととらえているか
解決力
- ・現状に満足せず、よりよい方向に向けて変革を試みているか
- ・不測の事態や困難に対し、解決するための最善の方法を考えて行動しているか
業務遂行力
- ・業務を遂行するにあたり、課題解決までのプロセスを理解し、最後まで実行しているか
- ・顧客や組織、社会に利益をもたらすことを意識して業務にあたっているか
協調性
- ・困っているメンバーに対し、率先して支援を行っているか
- ・組織の改善のために、上司や同僚と良好なコミュニケーションをとっているか
下記の記事ではコメント例も紹介しています。人事担当の方はこちらもあわせて確認いただくことで、より効果的な運用が期待できるでしょう。
360度評価における評価項目の作成ポイント
360度評価の評価項目を作成するにあたり、意識すべき点があります。大きく3つにわけて紹介します。
設問数はなるべく少なくすること
評価者が評価を行うときは、評価シートに記入してもらうことになります。その際、設問の数が多くならないよう注意が必要です。設問が多くなると評価者が負担に感じ、しっかり回答してもらえなくなる恐れがあります。
記入方法は筆記式とパソコンなどの端末から入力してもらう入力方式がありますが、できれば入力方式がよいでしょう。設問は多くても30問。10分から15分で完了できるようにしてください。導入当初は不慣れなため、10問程度に抑えた方がよいかもしれません。
点数評価だけでなくコメント欄も設けること
コメント欄があると、具体的な指摘ができ、評価される側も評価に納得しやすくなります。しかしコメントの内容によっては、トラブルとなる恐れがありますので、取り扱いは慎重にすべきでしょう。
評価項目は評価者ごとに変える
評価者の立場が変われば、目につきやすい部分や評価しやすいポイントも変わります。このため設問の言い回しは、評価者ごとに変えましょう。
評価者ごとにふさわしい質問を用意するというきめ細やかな配慮が、評価の信頼性を高めます。
360度評価の運用の流れ
360度評価を運用する場合、どのような流れで導入していけばよいのでしょうか?順を追って簡単に説明します。
360度評価の目的を定める
まずは360度評価の活用目的を策定します。具体的には「評価結果を誰がどう使うか」などです。活用目的にあわせて評価基準や運用の体制、フィードバックの内容などを考えます。
- 【目的例】
- ・新任管理職のマネジメント力アップを図る
- ・若手社員のモチベーションアップを目指す
- ・管理職層に部署が抱える課題への気づきを与える
導入で想定される弊害と対策を検討する
制度を導入した場合に、弊害となる組織風土や制度などがないかを確認し対策を検討します。想定される弊害は、各企業の風土・風習、人事制度などによって違ってきます。社内の人事担当など評価に関わる人たちで話し合い、想定される弊害と発生の可能性を洗い出しておくことが重要です。
運用ルール・評価基準を策定する
360度評価の目的が明確になったら、実施方法や評価基準、評価項目などの運用ルールを設定していきましょう。評価者に応じて質問内容を変更するなど評価項目はテンプレート化せず、なるべく目的にあわせて作成することをおすすめします。評価基準は以下の点を押さえて策定することが重要です。
- ・目的や対象者にあわせて評価項目や設問数を決める
- ・質問文は、評価を受ける人の能力や人格に評価者が左右されないように、シンプルなものにする
- ・自由記述欄は、企業の風土や評価者の性質、弊害が発生するリスクに鑑みて、慎重に検討する
運用プロセスを設計する
運用プロセスを目的に沿って設計します。具体的には以下のような項目とポイントを押さえて設計するとよいでしょう。
時期
- 繁忙期をできるだけ避け、スムーズに回答が集まるようにする。
頻度
- 目的に応じて、「1回のみ」「2回」「毎年」といった実施頻度を検討する。
方法
- 回答方式を決める。
回答期間
- 回答までの期限を明確にする。
評価者の選定基準
- 評価される人に対し、上司、同僚、部下などの人物・人数を設定する。
フィードバック内容を策定する
評価結果のフィードバックについて検討します。ポイントとしては、以下のようなものが挙げられます。
- ・点数によって一喜一憂して終わるような構成にしない
- ・多面的な分析ができるように、評価データを細かく提示する
- ・評価結果を受け止めた後に具体的な行動に移せるよう、行動計画を策定させる
フィードバック内容と構成は導入目的によって異なります。どのような目的でも評価される人が真剣な気持ちで結果を受け止められるものにすることが重要です。
さらに被評価者は結果にショックを感じてしまうこともあるため、フリーコメント欄を設ける際は誹謗中傷や悪口などを記入しないよう、記入ルールなどもしっかり定めておきましょう。
社員に告知・説明する
対象者のみならず、評価者に実施目的や運用ルールを周知して理解してもらうことは、360度評価の成否に関わる重要な要素の一つです。
はじめて制度を実施する場合には、「使用者や使用用途を明確にわかりやすく説明する」「評価者に不利な影響がないように配慮していることをしっかり示す」「質問の受付窓口を明確に説明する」といったことが重要になります。また目的のみならず、匿名性が担保されることなど安心・安全な仕組みであることも十分に伝える必要があるでしょう。
実施結果の分析とフィードバックを行う
導入準備が整ったら、実際に360度評価を実施します。評価データを回収したら、各人にフィードバックするレポートを作成し、共有しましょう。その際は、評価対象者だけではなく、その上司にも報告します。
はじめて制度を実施したときのフィードバックは、報告レポートを配るだけではなく、人事担当者からの解説もあわせて行うとよいでしょう。必要であれば、試験的にテスト運用を行い、運用上の課題点を洗い出しておくことも有効です。
360度評価を実施する際の注意点
360度評価を行う際に注意すべき点をまとめました。
- ・匿名運用、評価内容の他言を禁止する
- ・評価項目は執務態度を中心とする
- ・評価者には適切な回答方法を指導する
360度評価を実施することで、部下と上司の関係性が悪化したり、部下からの評価を恐れて適切なマネジメントが実施できなくなったりするケースもあります。トラブルを未然に防ぐためには、評価方法、運用ルールを明確に伝えておくことが欠かせません。
360度評価を活用していくために
年功序列が当たり前だった時代の人事評価では、年上の上司が年下の部下を一方的に評価するのは、ごく普通のことでした。しかし成果主義が広がり、人材の流動化も始まりつつある現在、多面的な評価制度が求められるのは当然の流れです。
360度評価は、うまく運用できれば社員一人ひとりを適正に評価し、成長を促せます。組織も大きな成果を上げられるでしょう。しかし運用を誤ると、組織の秩序を乱す結果にもなりかねません。
導入にあたっては、評価制度のメリット・デメリットをよく理解し、社内風土にマッチした形で進めましょう。