未来を担う子どもたちの“学びの生産性”向上を目指す国と、現在の教育を担う先生たちの“教えることの生産性”向上を支援する民間企業。異なる立場のお二人に、教育現場の働き方改革を実現し、世界に通用する人材を育てるための方策を語り合ってもらいました。日本の未来を明るくするために、国と民間企業、それぞれが担う役割とは──。

■経済産業省 商務・サービスグループ 教育産業室長 浅野 大介さん(写真・右)
2018年1月から、経済産業省が開催する“「未来の教室」とEdTech研究会”の推進役を務め、次世代の教育のあり方を追究。

■株式会社POPER 代表取締役 CEO 栗原 慎吾さん(写真・左)
「テクノロジーの力で教育のあり方を広げ、人々の価値創造に貢献すること」をミッションに、教育業界にサービスを提供。学習塾勤務時代に感じた学習塾での課題を解決するため、2015年1月に株式会社POPERを設立。

みんなが教室に集まる必要ってある?

──2017年8月に文部科学省の中央教育審議会が「学校における働き方改革に係る緊急提言」を発表、“先生”の長時間労働の問題が改めて注目されています。栗原さんは塾の“先生”の業務効率化を支援しているそうですが、“先生”が長時間働いてしまうのは、なぜなのですか。

栗原さん(以下、敬称略):ひとつには、昔ながらのやり方を変えたがらない傾向が強いことがあると思います。“先生”は自分が見聞・経験してきたことを子どもたちに伝える存在ですから、「自分がこれまでやってきたことを変えてはいけない。それが子どもたちのためなのだ」と、ある種の使命感のようなものが生じがちです。そのため、「最新のITツールを使えば業務を大きく効率化できる」とわかっていても、やり方が変わってしまうのをきらい、ITツール導入に消極的になってしまう人が多いのです。

──紙のプリントを作成して配り、黒板に板書してノートに筆記させる昔ながらのやり方を固く守っているわけですね。では、浅野さん、経済産業省は「未来の教室」を研究しています。いずれ、タブレットや電子黒板を使って授業する時代が来るんですよね。

浅野さん(以下、敬称略):うーん、実は「未来の教室」の研究では、もっと先の時代を見据えています。「毎日、学校に通って、クラスのみんなが同じ教室に1日中いる必要はないのではないか」。そんな「そもそも論」から議論しています。

──えっ! では、いつ、どこで、子どもたちは勉強するのでしょうか。

浅野「いつでも」「どこでも」です。子どもが学びたいときに、学びたいことを学ぶ。たとえば、家でおいしい肉じゃがを食べたとしましょう。そのとき、自分で「この先もこんなおいしい肉じゃがを食べるためには、どんなことが必要なのだろう」と問いを立て、調べていく。すると、農業や畜産業といった、材料を持続的に生産するための課題、流通を維持するための課題、保護者がその材料を買うための収入を継続的に得たり、料理する時間を確保したりするための課題が出てくるでしょう。

自分で見つけた課題の解決策を、自分で見いだしていく。自分が学びたいテーマを、学びたいときにワクワクしながら学んでいく。これがいちばん「学びの生産性」が高い状態です。つまり、学ぶ内容の価値が高く、学びに費やす労力に無駄が少なければ、それは「学びの生産性が高い」と言えるわけです。

栗原すばらしい考え方だと思います。子どもの「学びの生産性」が高いということは、先生にとっては「より価値の高い内容を、より短い時間で学ばせた」ということ。先生にとっての「教えることの生産性」が高いわけです。もしそうなれば「仕方がなく長時間労働する」という状態はなくなっているでしょうし、先生の役割にも変化が訪れそうです。子どもたちが自主的に学ぶのをモチベート、サポートできるようになることがより必要になるのではないでしょうか。

教育の限界を突破したいとは思っているが…

──ちょっと待ってください。すべて子どもの自主性にまかせたら、たとえば「歴史の年表にまったく関心がない」子どもは、“落ちこぼれ”になってしまうのではありませんか。

浅野では、質問です。実生活で、歴史年表について、おぼえたことが役に立った経験はありますか?

──いえ、ないです。ですが、学校で教えられることって、そういうものですよね…。

浅野生きる上での何かの判断に役に立たない学びなんて、学ぶ価値がないわけです。「テストの点数を取るために、あらかじめ設定されている回答に向けて、計画を立てて最短ルートで合理的にゴールまで進む」という能力は、たしかに社会に出てからも役には立ちます。しかし、「自分で問いを立てる」「世の中のニュースや通説が本当に正しいのかを疑う」といった能力は全く身につかない。日本人にそうした能力が弱いところは、日本の産業や公共セクターが、世界で存在感を示せていない原因になっていると考えています。

私たちが掲げる「未来の教室」では、世界に通用する人材を育成するため、「50cm革命」「越境」「試行錯誤」という、3つのキーワードを設定しています。それぞれの意味は、「50cmほどの小さな一歩でいいから前に進んでみよう」という、課題に対して自ら踏み込んでいく姿勢。文系・理系といった分野や官民といった立場などの枠を越えた幅広い知識。正解が設定されていない課題にさまざまな方法を試し、失敗を繰り返しながらアプローチする態度を指しています。

栗原3つとも、私たちのようなベンチャー企業のメンバーに、まさに必要な能力です。つねに前向きに課題解決に取り組み、専門分野のなかに閉じこもらず広い視野をもち、失敗をおそれずチャレンジする。ビジネスの最前線で求められている能力ですね。

──なるほど、「世界レベルで活躍できるビジネスパーソンに必要な能力」を身につけることは、すべての子どもにとって、生きていくために必要なこと。いまは実生活に役立たない情報が多いですが、「学ばなければ生きていけない」情報ならば、人生のどこかで学ぼうとするはずですね。でも、その実現のためには、いまの学校教育の限界を突破しなくてはいけない、と。栗原さん、教育の現場でも、そうした議論は始まっていますか。

栗原みなさん、「変えていかなくてはいけない」と課題感は持っている一方で、目の前の業務に追われてしまい、深く考えたり議論したりする余裕がないのが実情です。ただ、時代にあわせて新たな教え方やカリキュラムに挑戦している塾も登場しています。教育の変革を進めていくためにも、先生たちの「働き方改革」推進をどんどん進めていただきたいと思っています。

トップの「変えよう!」の一声で改革は可能

──改革推進のためにはなにが必要でしょう。

栗原ITツールを使わない手はありません。たとえば、私たちが提供している『Comiru(コミル)』というITサービス。実は、塾の先生たちは教室で指導する以外に、多くの時間をほかの業務に費やしているのです。担当している生徒一人ひとりについての指導報告書の作成、保護者へのお知らせの作成、入退室管理、成績管理、そして請求の管理。『Comiru』はそれらの業務を大幅に効率化できます。

先生たちを「生徒を指導する」業務に専念させることができ、生徒の「学びの生産性」が向上します。また、学びの質を上げるためには、先生だけでなく、保護者と連携することが重要です。子どもが何を学び、どのような成長を遂げているのか、どんな課題を抱えているのか。こうした情報は保護者が目を背けてはいけない内容です。アナログには難しい連携を、ITの力で可能にし、生徒・教師・保護者の三者が同じ目線を持つことが、生徒の成長につながると考えています。

──そうなんですね。栗原さんは最初に、「先生の中には、昔ながらのやり方を変えたくないので、ITツールの導入に抵抗する人もいる」と言っていましたが、塾の経営を改善するツールであれば、塾の経営トップが導入しようとするでしょうね。学校でも、校長先生がITツールの導入を推進してくれればよいのですが…。

栗原そうですね。校長先生は企業でいえば経営者です。校長先生が先頭に立って新たな施策を掲げれば、学校の「働き方改革」も成功すると思います。

浅野本当にそう思います。というのも、実は「働き方改革」の観点では、私たち経産省は自分たちで成功経験があるからです。ご存知かもしれませんが、経産省に限らず、官庁に勤める人は国会が始まると、大臣が答弁する際の参考資料を作成する必要があり、とたんに多忙になります。連日徹夜なんて当たり前だったのです。

でも、世耕大臣の鶴の一声で、省内はがらりと変わりました。「22時30分までに共有ドライブに答弁参考資料を格納する」というルールが敷かれたわけです。最初は私たちも「国会答弁の準備は、野党の先生から質問通告される時間も遅いし、関係部局との調整に時間がかかるから、終電まわるし徹夜もありうる」という常識の中で考えていましたが、全ての業務プロセスを「見える化」し、削りに削っていくと──。できました。私たちはおそくとも終電までに帰宅でき、翌日の国会の進行にはなんの問題もない。役所の常識のひとつが覆ったのです。官僚としての「職業的良心」から無制限・無定量に100点目指して仕事をしていたのを改めたわけです。リーダーが徹底すると変わりますよ。きっと教育現場でも同じような面があるはずで、やればできるはずなんですよ。

教科書に書いてあることだけが事実ではない

──心強いエピソードですね。失礼ながら、浅野さんは「お役人」っぽくない発想をしているというか。教育制度の根底からの変革にも、役所の働き方改革にも前向きな、そうした発想は、どんな教育のたまものなのでしょう。

浅野高3の時に通っていた塾の先生からは多くのインスピレーションを受けましたね。歴史の講義では、教科書に書かれている「通説」は勝手に暗記しろと言われ、講義ではひたすら「対抗説」を聞かされました。そのとき、「通説と対抗説のどちらを選ぶか、または自分なりの新説をいかに見つけるか」が学びなのだということを初めて知ったわけです。恥ずかしながら。

また、社会に出てからの「学び」のおかげもあります。私は資源エネルギー庁で石油業界の事業再編を担当しました。その業務に携わるには、有機化学くらいわからないと話にならない。だから、高校時代に1ページも開いたことがなかった高校化学の教科書を開き、猛勉強しました。苦しいかと思いましたが、自分のリアルな仕事と結びつけながら勉強することが非常におもしろかったのです。どんどんのめり込んだ結果として、1ヵ月もしないうちに全容を理解できました。あれほど無関心だった話を面白く感じる。そのとき、「こんな学び方があったのか」という手ごたえを感じましたね。文系の私は、リアルな社会課題を入口にして学べば、理系の科目だってすんなり頭に入るわけです。

──役所ならではの頻繁な人事異動が、新しい学びの発想を生んだのですね。では、栗原さんの場合、「自分で起業する」という決断を下した背景に、どんな教育があったのですか。

栗原大学時代に入ったゼミの先生が、批判的思考能力や論理的思考能力の重要性を強調する方だったのが大きな要因だと思っています。「社会科学を通じてものごとを疑う」という姿勢を叩き込まれましたよ。

また、新卒で入った会社が外資系の会社だったことも、自主独立の気質をやしなうのに寄与しました。「フリータイム制」という働き方が導入されていたので、「結果さえ残していれば、いつ出社してもいつ退社してもいい」という環境。「みんな一緒に定時に来て、みんな一緒に残業する」という日本独特の労働環境に身を置かなかったので、自由な感性のまま起業するにいたったのだと思います。

ビジネスの最前線の人材を教育へ

──そうでしたか。「国内企業に入ったらダメになりかねない」という状況はなんとか変えたいですね。

栗原ええ。グローバルな感覚を持ち、国際競争のなかで活躍している人材を教育現場に引っ張り込んで、指導にあたらせれば変わってくると思います。現在進行形で活躍している人のリアルな知見にもとづく指導は、これまでの教育者とは違う、新しい風を教育現場に吹かせることになるでしょう。

──ビジネスの最前線にいる人を引っ張ってくるのは、経産省の管轄でしょうか。

浅野そうですね。私たちも同じ意見で、企業や研究の最前線にいる人が教育の現場に参入する仕組みを構築したいと考えています。そのためには「企業のCSRやCSVをいかに教育分野に集中させるか」がカギです。もっと多くの企業が賛同してくれるようになれば、教育現場の空気はガラッと変わります。それが経済界に対して私たちが期待していることでもあります。

──最後に、それぞれの理想の教育現場のイメージ像を描いてください。

浅野世の中には多くの不思議や課題があります。疑問や関心を持ったことについて、子どもが自発的に学んでいけたら最高ですよね。「なぜ学ぶのか」を理解して学習にのぞめば、学びの生産性は格段に上がります。学び方に正解も不正解もありません。どうアプローチしたっていいんです。従来の勉強法にこだわらず、多様な学び方を認める社会を創り出したいですね。

栗原「現実の問題をどうやって解くのか」をつねにディスカッションしている教育現場、というのが理想です。語り合える人と人とのつながりができると、そこから世界にも通用できる人材が生まれると思います。私たちは今後も、日本の教育が発展するための起爆剤となるようなサービスを提供していきます。

──ありがとうございます。子どもたちの学びの生産性を上げることが、先生たちの働き方改革につながるという視点は、新鮮でした。これまでの常識を突破して、新しい教育のあり方を生み出すために、ITツールはまだまだ活用の余地がありそうですね。本日はありがとうございました!

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